L●VE A L○VE!

 耳鳴りが酷い。やはり、あの手の音楽は好かない。
 他の観客に沿って外に出れば、冷たい夜風が頬を撫でた。
 振り返った先のビルは、地下に苛烈な熱を孕んでいるとは思えないほど澄ました顔をしている。大通りから少しそれただけで、地下ではあんなサバトめいたライブが行われているのかと呆れながら、僕は張り付く襟をつまんだ。
 来なければ、よかった。

「あ、いた! 露伴先生!」

 来るべきではなかったんだ。

「よかった、間に合って。本当に来てくれたんだね」

 辺りの人間が、一人の為に道を開けた。まるで王のお通りか、それこそレッドカーペットだろうか。
 その開かれた道を走って、いつもは卸している長い髪を一つにくくった夜月が、嬉しそうにこちらにかけよってきた。犬の尻尾のように、髪が揺れている。

「ありがとう!」

 心から喜んでいるのが伝わる笑顔。
 ステージの下から見ていたときは分からなかったが、いつもは目がくらむほど白い頬が上気している。そこには前髪が汗で張り付いていた。所謂ライブTシャツとやらを着て首にはタオルを掛けている。夜風に混ざる匂いはいつもの夜月とは違う。
 君も汗をかくんだな。そう言ったらきっとまた笑われるだろうから、僕は唇を引き締めた。

「……来なければよかった」

 それだというのに、僕の喉は意思と反して言葉をつぶやく。
 こんなにも自分が思い通りにならないなんて、いよいよ恋だと勘違いしてしまいそうだ。

「お気に召さなかったかい? ここ一番の出来だったんだけど」

「それにしてもすごいな、一人も寄ってこないぞ。『王子』のご登場だっていうのに」

「『王子』だから、だよ。来てくれる人が、みんなでちゃんと決めてくれたんだって」

 見れば叫ぶ声を必死に噛み殺す女や、近寄ろうとする人間を制止する者。インディーズだというのに、随分とファンの統率がとれているようだ。

「学校の方でも、そうしてもらったらどうだ?」

「あれは訓練。こっちは趣味だから。あるだろ、『ソース二度付け禁止』とか貼ってあるお店って。ああいうのだよ――って、うちのボーカルが言えって」

「なるほどね。君、戻らなくていいのか。主役がいないんじゃあ打ち上げも盛り上がらないだろ」

「先生が気を使うなんてメズラしーッ!」

 主役は別に私じゃあないよ、とケタケタと笑う。余程気分が高揚しているのだろう。いつにも増して話し方が明るい。

「好きなんだな」

 口をついた主語のない問いかけに、夜月は力強く頷いた。
 きらきらと輝く黒い瞳は星をいくつも詰め込んだようで、恐ろしいほど無防備だ。

「大好き!」

 本当に、来るべきではなかった。見るべきではなかった。

「ライブが一番気持ちいいよー。屋外だったらよかったんだけど、中々場所が取れない」

「そうか。……テレキャスターじゃあ、なかったな」

 見かけるたびに変わるギター。
 今日も夜月が弾いていたのは、最後に見たライトグリーンが鮮やかなテレキャスターではなく、真っ黒なレスポールだった。拘りはないのは知っていたが、いったいこの女は何本のギターを所持しているのか。

「よく覚えてるね。レスポールもたまには使わないとねー、ね! 露伴せんせーもおいでよ。仗助たちもいるんだよ」

 無邪気に僕の腕を引く手は、やはりしっとりと汗ばんでいる。
 通りがかったからなんて言い訳をして、取材だなんて体裁を整えて、聞きたくもない音楽に耳をやられて、僕はなにをしているんだ。
 深い溜息が口をついた。

「行くと思うか?」

「思わない、けどさー」

 来るべきではなかった。
 七色のスポットライトに照らされ色を変える肌と髪も、かすかにひそめられた眉も、楽しそうに上がる口角も、しなる細い腰も、弦を抑える指と手も。恐怖や視線やその他全てから開放された彼女は、まるで僕の知っている夜月と異なっていた。
 なんて美しい生き物なのだろうと思った。

 僕は完全に打ちのめされていた。 
 夜月にとって、『音楽』以上のものは見つからない。

「帰る」

「はーい! 今日は来てくれて、ありがとうございました!」

 それなのに、まるで観客の中で僕だけが特別だと言うように、目が合うとにっこりと笑いかけてきたりするから。

「誰にでもやるのか?」

「なんのこと?」

「僕にしたようなことだ。誰かれ構わず――」

「ね、ねえ、周りの目が、とても痛いよせんせー」

「弄んだんだな!」

「それは流石にわざとでしょ! やめて! 早く帰りなよ!」

 言われなくても帰ってやるさ。
 似合わない感傷や後悔は、今日という日に置いて眠ろう。




Q,夜月ちゃん、自慢のテレキャスターはやっぱり自分の好きな色ですか?

A,そのようです。ライトグリーンのテレキャスター。
けれど基本的に色や型、アコギエレキ問わずに拘りがなく何本も持っているので、一番というほど愛着のあるものはありません。
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