上目遣いだ
パーンは地面から少しだけ浮くことができる。
曰く、彼女の住む島の人間にはよくあることらしい。ロシナンテはその姿をはじめて見たとき、『能力者』なのだと思った。しかし彼女は悪魔の実を食べてはいないと言う。
かしこまった場所でなければ、パーンはふわふわと体を浮かせ飛んでいる。たんぽぽの綿毛みたいだなと、ロシナンテは見るたびに思った。
「2、3メートル浮けるからなんだっつーんだと思ってたんスけどねえ」
綿毛はやはり、今日もふんわりと浮いている。
華奢なてのひらがロシナンテの頬を包んだ。
「中佐と、こうやって目を合わせる為だったんスね」
言葉を紡ぐパーンの唇は、ゆるやかな弧を描く。
そしてロシナンテの瞳をまっすぐと捉えたまま、パーンはあどけなく「ねー?」と繰り返した。
「おいおい、仕事中に上司を口説くんじゃねェよ」
「口説いてない。怒ってるんです」
ロシナンテはそれを、茶化して誤魔化そうとしたが失敗に終わる。
彼らの後ろには煌々と燃える火種(ロシナンテのコート)を、必死に鎮火している部下たちの姿があった。
船に黒い煙が広がっていく。
「……すみません」
でも全焼する前に言ってくれればいいじゃないか。そんな気持ちが表に出たのか、パーンはロシナンテの頬をつよく引っ張った。
「いつになったら気づくのかな〜って見てたらこの有様っスよ。毎度毎度自分が注意すると思わないで下さいね」
「ふ、ふみまへん」
「たく! 何着目っスか? 何回めっスか? 禁煙っス、禁煙」
目を背けるロシナンテの顔をぐいと引き戻し、パーンは説教を続ける。頬をぐにぐにを潰されながら、ロシナンテは「それだけは勘弁してくれ!」と嘆願した。
勿論、「ダメっス」の一言で一蹴されてしまう。
このままでは煙草どころかライターさえ買えない生活が続いてしまう。
ロシナンテは意を決し、プライドさえかなぐり捨て――捨て犬のような目で、パーンをじっと見つめた。
「……」
パーンの顔から、笑みが消える。
それでもロシナンテの心は折れなかった。パーンが地面から浮いている為、少しだけ上にある小さな顔。その瞳を懲りることなく見つめ続ける。
上目遣いだ。21歳3メートル弱の男の、上目遣いだ。
気まずい沈黙が、船全体を煙とともに覆っていく。
「……いい加減、火の扱いちゃんとしてくださいね。コートもただじゃないんスよー?」
先に折れたのはパーンであった。もう一度ロシナンテの顔をぶにっと潰し、深々とため息をつく。
「申し訳ない」
ロシナンテは後ろ手に、勝ち誇ったようにピースサインを作った。
これが輝ける勝利かは、誰もわからない。
「ロシナンテ中佐、パーン曹長! 失礼します。ご報告が!」
そんな二人の茶番を、島の見回りから戻ってきた部下が遮る。数人の部下たちが慌てたように甲板へ上がってきた。
「どうした」
その様子に、ロシナンテは背筋を伸ばす。
「あの、中佐。顔が大変なことに……」
顔はまだ、パーンに潰されたままだ。
「気にしなくていい。報告を」
「はっ! 海賊が島の北側で暴れているようです。現在確認できる人数は小隊ほどかと」
「わかった。見回りのものはそのまま島で、即時の鎮圧を。ここにいるものは住民の避難を。おれはこのまま現場に向かう」
「了解しました!」
言うが早いが、ロシナンテは部下が差し出したコートを羽織る。純白のコートを翻し、彼は船を降りていった。
「ああしてると、やっぱりかっこいいんスけどね……」
眩しそうに目を細めながら、パーンも己の職務を果たす。
「うちの隊は、海賊船の場所を探して。残りは巻き込まれて怪我した住人の救助とロシナンテ中佐の補佐を」
「了解!」
「自分はあそこでアイスを落としちゃった女の子を慰めてくるっス!」
「ご武運を!」
「それでいいのか!?」
ロシナンテの困惑は、あっさり無視される。
このように、それなりに反発しあいながらも、二人は海軍として功績を上げていった。
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