難しい問題だ
「おれも秘密を話したんだ。だから、お前も話せ」
末っ子理論だ。とパーンは笑う。
執務室での書類仕事を終え、ロシナンテはさらなる交流を深めようと、パーンを飲みに誘った。死地で背を預け合うのだから、ちょっと仲がいいとかそういうのでは足りない。それが彼の流儀だった。
最初こそ渋っていたパーンだったが、「奢ってやる」とロシナンテが言えば、二つ返事でついてきた。
二人はカウンターに並んで、安酒を煽る。海軍本部のお膝元とはいえ、安酒場は喧騒と紫煙にまみれていた。けれどそれも嫌なうるささではない。仕事を終えた開放感とあいまり、ロシナンテたちの気分はいつになく高揚していた。
「さっきは仕事中だったから言わなかったっスけどね、あんなの秘密でもなんでもないっスよ」
さっそく空にしたグラスを回し、パーンはいたずらっぽく笑う。そういう顔をするとまるで少年のようだな、とロシナンテは思った。
しかし、聞き捨てならない言葉だ。確かに、自分でも少しドジっ子だな、と思うことはままあるが――それが、そんなに有名だったなんて!
「なんだと!?」
目をむいて驚くロシナンテの鼻先に指をやり、パーンはますます笑みを深める。二杯目が効いてきているのだろう。ほんのりと頬が上気しだしている。
「ま、中佐はお面がよろしくてらっしゃるから。それもあるんじゃないっスか?」
過分に嫌味を含んだ言葉だったが、ご機嫌麗しい部下の言葉に、「そ、そうかぁ?」、ロシナンテはぽっと頬を赤らめた。肩透かしを食らったパーンは、大げさにずっこけて見せる。
それから、やってられないと言うような目をして、三杯目を注文した。
「そうかー! パーンはおれのことそんな風に思ってたんだな! いやあ、照れる! あ、おっさん。おれも同じのおかわり」
「いた、肩、痛いって、中佐……な、なんなんだこの人……!」
気分良くグラスを開け、パーンの肩を叩くロシナンテの耳に声は届かない。そうかそうかー! とただただ嬉しがっている。
その姿は年下の女の子に褒められて脂下がるおっさんというよりは、後輩からの評価を無邪気に喜んでいる先輩といった様相で――、あまりにもあけすけな顔に毒気を抜かれたのか、パーンは「まったく」とつぶやきながらも笑みを取り戻した。
「はいはい、ロシナンテ中佐かっこいいっスー。きゃー」
「よせよせ、本当のことは。なんか食いもん頼むか? 好きなもん食っていいからな」
「きゃー中佐おっかねもちー。かっこいー。マスター、この店で一番お高いお酒をお願いします。ボトルごと」
「パーン……!」
「ジョーダンっスよ。高い酒の味なんてわかんないっス。サラミ盛り合わせ一つ」
ロシナンテはほっと胸を撫で下ろす。
それから居住まいを正して、頬杖をついたパーンの横顔を見つめた。
「な、なんスか? 急にそんなマジな顔して」
「話は戻るが……さあ、吐け」
人差し指をくいくいと曲げる。ニヒルに唇を歪めてはいるが、結局『秘密』のことだ。
「ロシナンテ中佐……五歳の女の子じゃないんスから」
「大人の腹の割り方だろ? 吐け、さあ吐け! 酒が足りないか? ん?」
「もう。面白い話なんかないっスよー」
「そうこなくっちゃな」
「じゃあ、自分がなんでいきなり海軍本部の曹長まで上り詰めたかのお話でもしましょうか。ったく、高くつくっスよ」
四杯目になるジンを飲み干して、パーンは語り始める。
此度の出世は、地方支部での功績が認められての人事だという。祭りに乱入してきた賞金首をまとめて取り押さえたのが、高く買われたらしい。しかしなぜこのように急で、いきなりだったかと言うと――。
「おエライさんを無視して、子どもを優先したから。っス」
「それは――」
難しい問題だ。人命は等しく平等であるべきだと思うし、より弱いものを先に守ろうとするのを咎めることは、ロシナンテには出来ない。
「……子どもは転んだだけで、おエライさんの方はー、そのー……めちゃくちゃ命の危機でした」
死にはしませんでしたけどね。見舞いに言ったら、まあカンカンで。
パーンは恥じらうように、頭を抱えた。
ロシナンテはかける言葉を見つけられず、ごまかすようにサラミを口に入れた。
何度か戦場を共にして分かったが、この部下はなかなかに極端な性格をしている。
初対面の大人には誰かれ構わず威嚇の姿勢を取り、子どもには、ひどく甘い。彼女自身まだうら若いというのに、年下のものへの対応の手厚さは法外と言える。
「ダメなんスよね、どうも。向いてないんスかねー」
「いや、それで出世してるんだし。ダメってことはないんじゃねェか?」
くたりとカウンターに伸びるパーンの背を撫でて、ロシナンテは己の慰めの言葉の少なさを心中で嘆いた。
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