オー・ブラザー!
そんな感じで、第一印象こそ最悪だったものの、「ナマエ、そっち行ったよ。三段下のパイプの裏!」「はいはーいィ! こね、こねこォ? ……猫っぽいのゲットォッ!」「よくやった!」。
今やそれなりの連携が取れるくらいに、新しい仲間として馴染んできた。
入り組んだビルの隙間に入れる柔軟性と、ソニック並みの身のこなしには感嘆する。
「いやァ、動いた動いたァ。俺ちゃんお腹ペコペコォ」
猫っぽいなにかを抱きながたナマエと僕は、ホクホクと大通りを歩く。
随分と慣れはしたが、やっぱり通りすがる異界の住人には見るだけで驚いてしまうようなものがいる。
それに比べたら、ナマエの見た目はやっぱり普通の人間だ。
彼は(実際のところナマエに、明確な性別などはないそうだ。けれどおっぱいの大きさには一家言あると主張するので、男扱いすることにした。)色々な動物を切って貼ってくっつけた人間の体を切って貼ってくっつけて出来た合成獣人らしい。確かに、よく見ると体中継ぎ接ぎだらけだ。
よくわからないだろ? 僕も理解するのは早々に諦めた。自分でも「僕くんの一族は血は優秀だけど頭は悪いィ」と、見切りをつけたそうだ。
ナマエはこの間延びしたしゃべり方以外、意外とまとも。悪ふざけが過ぎる時もあるけれど基本的には話が分かる。理不尽に暴力を振るってきたりもしないし踏んだり蹴ったりもしない。仕事にも真面目だ。
「お疲れ様。今日は俺が奢ってやろう!」
「オー! ブラザー!」
なにより両手を広げて喜ぶ姿は、弟がいたらこんな感じかなと思うくらいには無邪気で、「きみって最高ォッ!」と抱きついてくるナマエとは、もっと良い関係を築けそうだなと思う。
「人肉ゥ? 人肉レストランン?」
これさえなければ。
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結局僕たちは、メテオチャイニーズタウンで紫色の煮玉子と蛍光ピンクのシナチクの入った群青色をした麺のラーメンを食べた。
それから事務所に戻って、無事に酸素が一時的になくなるという危機を防いだ顛末と、いかにラメ入りのスープが玄妙な味わいだったかを報告する。
「あのォ、ほらァ、パチパチするバーバパパ、ソイソース味みたいだったァ」
「うんうん、おつかれさん。少年、いい仕事をしたな」
椅子を回転させて、スティーブンさんはこちらを向いた。
手放しで褒められるのは悪い気がしない。少し照れくさいけれど。
「いやァ、それほどでも」
「ちゃんとナマエに、昼飯を食わせるとは。素晴らしい」
「そっちっすか!」
二度三度手を打つスティーブンさんは、憤る僕に心外そうに目をむいた。なんてわざとらしい!
この燃費の悪い生き物は、どうやったって食事くらい取るだろうに。
「難しい任務なんだぞ。ザップには、できなかった」
「その結果齧られていた。学習しない男だな」とスティーブンさん。
「ザップさんって、なんでそんなにこいつのこと怖がるんですかね」
「ぼくのこと食虫植物って呼んでビビるからァ。虫なんじゃねえのォ?」
「別に! 俺は! ビビっちゃいねえ!」
ナマエが歌うようにそう言った瞬間、どこからともなくザップさんが現れて彼を後ろから羽交い絞めにした。ナマエは一度鼻をひくつかせて、顔をパッと明るくする。
「レンフロ!」
そのままザップさんの意外と厚い胸板にかぶりついた。首がほとんど百八十度回転。もう驚かないぞ。
「アダダダダダ!」
「止めないんですか」
「一口くらいはいいんじゃないか」
ギリっとザップさんの歯ぎしりの音。
「俺は番頭のこの愛のなさと、」
見事ジャーマンスープレックスが決まる。がっつり頭から落ちた。ナマエとザップさんがあれ以上馬鹿になったら困るなあと思う間もなく、流れるように関節技に入った。ナマエの両手は曲がってはいけない方向に曲がっている。
いや、あれは――。
「こ、こいつのモロさが怖えんだよ!」
取れた。
「なんでだーーーーーッ!」
「取れたァア! レンフロの馬鹿ァッ!あーン! しかも利き腕じゃんかァッ! 神様に怒られるゥうう!」
残った左手で右腕を持ってぱたぱたと降るナマエは半泣きで、ザップさんもやっぱり涙目だった。多分僕も泣いている。
「クラーウス、仕事だぞ」
スティーブンさんだけが、いつもと変わらない。
呼ばれたクラウスさんはしきりからひょこっと顔を覗かせ、ナマエを一目見やってからまた引っ込んでしまう。
戻ってきた彼の手には、救急箱ではなく裁縫道具入れが収まっていた。
ナマエの右腕は、このあとまつり縫いされてきちんとくっついた。驚かないぞ!!
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