ストップ!ネーム・オブ・ライブラ!
「あだだだだ!」
こちとら必死だと言うのに、SS先輩は腹を抱えて笑っているし、当の本人は息継ぎのように「若いお肉は固くていいねェ」と笑いながら言う。
「ストップ。ネーム・オブ・ライブラ」
そこに、スティーブンさんの静かな叱責。
骨まで貫通しそうな牙が、ピタリと止まった。
「ナマエ。それはモーニングじゃない」
彼はマグカップを置いて、代わりにサンドイッチの入った紙袋を、ナマエと呼んだ少年に差し出す。
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「これやるから、それは離しなさい」
ラリった頭と体では、痛みなど感じなかった。
しかし行われているそれは、紛れも無い捕食行動だ。ザップの筋張った首に、ナマエの真っ白な八重歯が食い込んでいる。血を啜っているわけではない。そこから、肉を食いちぎろうとしているのだ。
「……ここのご飯、おいしくないよォ」
「黙って食べる」
ナマエは叱られた子どものように肩を落として、ザップの首元から顔を上げた。それから嫌いなピーマンを食べる子どものように鼻をつまんで、差し出された冷凍ピザを口にする。
「アハハハ! スティーブンあんた、ママみたいねえ! ……って、母親舐めてんじゃないわよ!? わかってんのナマエー?」
なめらかな頬を真っ赤に染めたKKに巻き付かれながら「ううう、めんどくさいィ。おいしくないィ」と嘆く姿は、本当にただの子どもだと言うのに。
手を差し伸べ、笑みを浮かべる姿は、天使のように可愛らしいのに。
ザップはぼんやりと、ナマエの小さな尻を眺めながら思った。
それが彼の、ライブラ所属三日目の出来事だった。
▼
先ほどまで僕を食べようと、むしろ若干食べた少年は、今はおとなしく向かいのソファに座って、サンドイッチを一枚一枚分解しながら食べている。
包帯を巻いたばかりの脛がジンジンと痛んだ。パンを咀嚼する小さな顎の、一体どこにあんな力が隠されているのだろうか。
「んでェ、レオナルド・ウォッチ……だっけェ?」
怪我の手当をしている間に、一通りの説明は終わっていたようだ。ナマエは僕をジロジロと眺めながら、スライスチーズを丸呑みにする。
「よろしくねェ。俺様はナマエ・ミョウジだよォ。きみって、すごーくいい匂いがするねェ」
ぺろりと唇を舐める舌は、赤い。
「……デンジャーっすね」
いつの間にやらザップさんの姿はない。逃げ足が早いことだ。
「ブレーキが利くだけマシだぜ、少年」
諦めろって言ってるようにしか、聞こえないんですけど。
ブレーキは本体に付いてないんですね。外付けなんですね!
「怒られるからもう食べないよォ、ウォッチィ」
「……ホント?」
どうにも信用できない。青と緑の瞳に浮かぶ蛇のように細長い瞳孔は、申し訳ないけれど随分と酷薄そうだ。
ナマエはホットパンツから伸びる足を二三度パタつかせてから、「ちょっと、ホントォ」と目をそらした。
「スティーブンさぁああんっ!!」
「ナマエ!」
「ジョーダンジョーダン」
怖い!怖すぎる!舌なめずりすんな!
「ジョークが過ぎるぞ」
「仕方ないじゃんねェ。ここに拾われるまでは、」
――ウォッチみたいなヤツが主食だったんだから。
血の気が引いた。引きすぎってほど引いた。聞きたくなかった。このまま黙っていたらもっとオドロオドロしい話が飛び出しそうだ。いやだ。
いや、俺だって人間を食料とする種族がいるのは知っている。しかし目の前にいる彼は、瞳が少し人間離れしているだけで、ごく普通の少年の姿をしていた。
「……ジロジロ見ないでよ、えっちィ」
ん?少年?
「スティーブンさん。あれは雄ですか? 雌ですか?」
「いつの間にかあれ扱い!?」
「お前なんかあれで十分だ。ばーかばーか」
「えェー! 馬鹿って言ったほうが、」
「馬鹿ってか?」
「然るべき報いを受けよ」
「え」
「呪われろ」
「は?」
「……ジョーダンジョーダン」
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