THE ficcare
踏み入れれば、
「わァお、顔のおっかないお兄さんばっかりィ」
「わァお、グイードも怖ァい」
十数の銃口がお出迎え。
「いきなり訪問だなんて困るな。ある程度、こっちにも心の準備ってものが必要だろう?」
ビルの扉を開いた瞬間にこれだ。「それに、部屋の片付けとか」と続け、やけに爽やかに笑う男。他の十数人はダークカラーのスーツばかりで、白いスーツの彼は随分と浮い目立っている。彼がここのまとめ役のようだ。
後ろに撫で付けられたプラチナブロンドと一房の前髪がかかるどこかいやらしい垂れ目、いかにも伊達男といった風体の彼は、気障ったらしいほど大袈裟な動作で肩を竦め手にした葉巻を灰皿に押し付けた。
立ち込める嫌な匂いに、ナマエとミスタは鼻の頭にしわを作る。
「お陰で、これくらいの歓迎しか出来なかった」
二人に銃口を向ける周りのボディガードを見渡してから、男は勝ち誇ったように口角を釣り上げた。
情報を横流しした人間がいるのだろう。これはボスに報告しなくっちゃならねえな、とミスタはナマエにアイコンタクトを送るが、ナマエはそれをくすっと笑ってから、焦ることなく「ですってよォ」と敵味方両方をからかうような口調で言った。
仕事上の相性は上々。
「悪いな、ここの番号が電話帳で見つからなくてよォ」
スーツ姿の強面連中に囲まれている時こそが、この二人の一等仲良くなる瞬間だった。
ミスタは物怖じすることなく、ベルトに挿した銃身に手を置く。同時に、いくつものトリガーに力が入った。
「――にしても、そういうのあんまり見せびらかさない方がいいぜ?」
挑発的な笑み。部屋の空気が張り詰める。指一本動かすのも躊躇われる雰囲気だ。
そんな中、どの引鉄よりも速く、なにか黒い塊がボディガード達の手の上を駆けていく。
「ですってよォ?」
それだけで、十数、正しくは十七挺あった拳銃は全て消え失せてしまう。
窓の外では、黒い雨が振った。
ナマエのスタンド、『ハイド・アンド・シーク』。物を隠して、別の場所に出現させる。猫の上半身と魚の下半身をネジで足したような様相で、まるで質の悪い奇術のような能力を持つ。
「これで、お話し合いがしやすくなりましたねェ」
「……これはまた、手癖の悪いお嬢さんだ」
目を見開き為す術もない有象無象とは違い、流石にトップに立つ人間は肝が座っている。言葉に詰まったのはほんのちょっぴりの間だけで、すぐにまた薄ら寒い笑顔に戻った。
ミスタは口笛を吹いて拍手をしてから、「座っても?」と奥のソファを手で示す。
「どうぞ」
苦虫を噛み潰したような顔をして、男は恭しく一礼をした。
それに倣ってスカートをつまみお辞儀をするナマエを見て、虫はますます苦さを増す。喉を鳴らすのはミスタで、彼はどっかりと上等そうな皮のソファに腰を下ろすと、腕を背もたれに広げて「あんたも座りなよ」と偉ぶった。地上げ屋が向かいの椅子に座れば、ぎしっと音が上がる。ボディガードがその後ろに控えるのを見届けてから、ナマエもミスタの隣に腰掛けた。
「さて、何の御用でしょうかね。グイード・ミスタ」
男は前のめりになって膝の上で指を組む。いかにも交渉なれした態度だ。
「おお! 俺も有名になったもんだなァ。しらばっくれんなよ。ダラッダラした話し合いは嫌いなんだ。単刀直入に言うぜ。何事も単純なのがいい。そうだろ? あんたらに手を貸してるのは誰だ。前みたいにせせっこましくやってりゃあ、こっちだってわざわざ出向いたりしねえよ」
「なんのことで? 私どもは以前と同じように、活動させていただいてますとも」
男の余裕は再び立て直されていた。先程は少しばかり驚かされてしまったが、彼も一事務所を任されているそれなりの人材ではあるし、ボディガードは相応のものを雇った。手持ちの拳銃は一挺ぽっちということはないだろう。多数対二、なんなら戦闘員は一かもしれない。まだ自分が優位に立っていることは間違いない。
「ひっそりとね」
そう、間違えていた。
男の頬を鉛玉が掠める。それはそのまま壁にめり込むことなく、四方八方に跳ね返ってはスーツや調度品を破壊していった。もしも彼がスタンドを見えることが出来たのなら、楽しそうにサッカーをする小さなピストルの『妖精』の姿と笑い声をとらえることが出来ただろう。
「『狐』は襟巻きがいいですゥ」
「言っただろ、ダラダラした話し合いは嫌いなんだ。うちのボスの言葉を借りれば『何度も言わせるって事は、無駄なんだ』」
硝煙の匂いが、通気性がすっかりよくなった壁や窓から吹き込む風に巻かれる。
「ねえ、グイードさァん。そろそろ僕の役取るのやめてくださいよ」
「へーへー。それじゃあ女王サマ、よろしくお願い致します」
「うむ。……というわけで、本打ち登場ですよォ」
きゅるん☆ そんな効果音が背景に見えそうなほど媚びた様で首を傾けて、ナマエは地上げ屋の男と目を合わせる。
それを男は一瞬間を置いてから、手を叩いて歓迎した。追従するように、ボディガード達も笑い出す。
「ハハハ! これは傑作だ! 交渉のメインはこのお嬢さんだってよ! 聞いたかテメーらッ!」
「私は今、あなたから一つ大切なものを盗みました。さて、それはなんでしょう」
「ふっへっへ、いやァマジに手癖の悪いお嬢さんだ。なんだいそれは? 俺の心か?」
またドッと笑い声が上がる。
「それがあなたの答え?」
ナマエは顔色一つ変えない。
uno、due、tre、cinque。その代わりに、ゆっくりと、歌うようにカウントしはじめた。
「本当に、かくれんぼに付き合わされるのか。もーいーかい、ってかァッ?」
ナマエのその声に被さるように、部屋中は品のない笑いで満たされた。何人かはこの嫌な空気を感じているのか、どこか引きつった表情だったが、しかし当の白いスーツの男は、危機感なく馬鹿笑いと嘲りの言葉を繰り返す。先ほどまでの取り澄ました姿とは大違いだ。
こっちが本性なんだろうなァ、とミスタは目を竦めて、ぽつりぽつりと説明をする。
「段取りを踏まない場合、さっきみたいに見えるものしか隠せないらしいんだが」
――dieci。そして、甘い声が途切れた。
ナマエの白い手の上には、
「ちゃんと手続きをすりゃあ、こいつは見えないものとも『かくれんぼ』が出来るんだ。……ま、聞いちゃいねえだろうけどな」
いまだ血に濡れた、男の腎臓。
「交渉なんてする気はない。これは、ただの尋問です! それにしても内蔵って、よく見ると面白い形してますよねェ。――誰が、バックに付いているんですか? さっさとその薄汚い口から吐きやがって下さい」
地上げ屋は目を丸くして、その生々しさにごくりと唾を飲んだ。それさえも演技に見えるほど大仰な反応だ。彼は二度三度手を叩いて、なおも嘯く。
「は、は……よくできたマジックだ。だから言っただろう? 私が、私たちが独断でやっている。誰にも手引なんかされちゃあいないさ。パッショーネとは今後とも対立するつもりもない。むしろ、仲良くしたいと思ってるんだぜ」
これが、ナマエの真の能力だった。
「私は今、あなたから一つ大切なものを盗みました。さて、それはなんでしょう」という言葉をトリガーにして、ナマエが何を隠したのか、十秒以内に答えなければ『隠したもの』はナマエの手中に収まる。
「へえ」
ぐちゃり。
そして、ナマエの質問に真実を語らなければ、『隠したもの』の所有者は彼となる。
握り潰すも叩き潰すも、彼の自由だ。
「悲鳴をあげないだけ褒めてあげます。それじゃあ、『ハイド・アンド・シーク』を続けましょう」
長い長い苦悶の叫びを目の前に、ナマエはにっこりと、彼ができうる限り可愛らしい笑みを浮かべた。
「折角、褒めたのに」
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