中編
メン・イン・ピンク


 プントカブリのテールランプが幾度も点滅する。道の脇に止められた目の覚めるようなイエローの車体から送られるそれは、勿論愛してるのサインでもなければ、なにか暗号めいたものでもない。

「お待たせしましたァ、ごめんなさァい」

「……遅ェよ」

 当然、デートの待ち合わせに遅れる恋人を待っているのでもない。

「きゃっ、グイードさんそのサングラスとっても似合ってますゥ」

 現在甘えた声を転がしながら小首を傾げるこの部下への苛立ちから、だった。
 ナマエはミスタのへの字に曲げられた唇に、人差し指を当てて、

「グイードさんの唇ってとってもセクシー……男の子って、準備に時間かかるんです」

 ――ミスタの眉はますます角度を増していく。

「謝ってるじゃあないですか。……だって、雨だと思ったのに急に晴れるから」

「そんな理由かよ! ナマエ、こいつァ仕事だぞ? ンなやれ髪の毛のカールが気に食わないだの靴下とシャツの色が合わないだの気にしてる場合じゃあねえだろ」

「大きな声出さないで下さいよォ! グイードさん、怖いです」

「ナマエッ」

「何時にぶっ潰しに行くから首洗って待ってて下さいって地上げ屋と約束でもしたんですかァ? ごめんねー待ったァ? んーん、待ってないわ〜〜ッ、み・た・い・な」

 額に青筋を立てるミスタに、ナマエは皮肉たっぷりな笑顔を浮かべる。三十分の遅れを露ほどの罪悪感も抱いていないのだろう。むしろ、すすんで上司である彼の神経を逆撫でしにかかっている。
 その態度こそが、実に的確に、ミスタの逆麟に触れていた。

「こンっの! ホモ野郎ッ!」
 
 対して、ナマエを睨みつけるミスタの瞳は底の見えない黒だ。人の心を掌握することに長けたナマエも、その瞳からは本心を読み取ることが出来ない。いくら怒鳴ろうとも、どこか冷め切っているように見える。
 どうしてもそれが、ナマエには面白くなかった。

「ホモホモホモホモうっせーですねッ! 僕はノーマルです。言いましたっけェ? 過剰なホモフォビアって自分の潜在的な同性愛を抑制するためなんですって〜〜ッ!」

 イコール、相性は最悪。

「つまり、お前は、俺が、そうだって言いたいわけか?」

「あら、皮肉とか伝わる頭はあるんですねェ」

「ホンットに腹立つな! 俺がホモなわけねーだろッ!」

「アハン、そういう風にムキになって否定するのがアヤシーっていうか。もしかしてェ……本当にゲイだったり」

 して、と言い切ることが出来ないまま、ナマエの体は運転席に座るミスタに引き寄せられた。服の襟首を掴まれ、ナマエのくるりと綺麗に上げられた睫毛が触れるほどに顔が近付く。
 しかしそれよりも更に近いのは、

「さっさと、乗れ」

 ミスタ愛用のM49。
 「これからもその不愉快な舌動かしたかったらな」と唸る声は低く、しかしナマエは銃口の冷たさよりも、腹に食い込む車体を嫌がるように目をすくめた。

「は〜い」

 そして渋々ながら反対側にまわって、オープンカーの助手席に飛び乗る。口を開けば――喧嘩という言葉さえ可愛く聞こえるノーガードの殴り合い。しかも信頼からくるそれではなく、ただただ嫌悪と敵愾心から生まれる争いだ。

 それでも二人が行動を共にするわけ。それはたった一つ。
 お互いがお互いに、都合のいい能力を持っている。
 特に今回のような仕事には、ナマエの能力はうってつけだった。けれど彼一人の力は弱く、ミスタのように腕の立つ人間が側にいなければ、その能力を発動することさえ出来ない。

「さっさと、別のやつの下につけよ」

「僕も、それお願いしてるんですけど」

 しかしそんな利害の一致すら、二人とも口にしない。
 ミスタは舌打ちをして、一気にアクセルを踏んだ。急な発車にナマエの体は強かにダッシュボードにぶつかる。

「……知ってますかァ、運転の仕方とセックスの仕方って似てるらしいですよォ」

「知ってますかァ? そういう聞きかじりでブツブツいうところがカマくさいんですゥ」

「うっぷ、それって僕の真似ですかァ?」

「似てませんかァ?」

「いやいや、お似合いですよォ? スカート選んであげましょうか」

「くたばれ」

「あんたがな」

 なにをするのも、これだ。
 この二人が目的地に向かう途中の会話を羅列するのは、イタリア語のスラングを並べ連ねるのに等しい。無言になる瞬間もなくはなかったが――沈黙に耐えかねたミスタのなにか話せよと呟く声を開戦の銃声に――また口論がはじまる。
 静寂というのは、ある程度の好意がお互いになければ保てないものだった。
 もしくはある程度の無関心が。

「……はァ……ッ!」

「ふ……は……喉乾いた」

「俺も」

 しかし到着する頃には、スタンドに立てたペットボトルはすっかり空だった。

「話せないと、スタンド使えないんですけどォ」

「カフェオレでいいか?」

「センス無い」

「あァッ?」

「あのねェッ!……やめましょう」

「あァ、やめよう」

 すでに一仕事を終えたような疲労を背に、二人は目的のビルに入っていった。
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