中編
最悪なふたり


「おっ、えェエ! 相ッ変わらず気持ち悪いくらい可愛いなオメー」

 職場の廊下で一応の配下と目があった瞬間、ミスタの口をついたのは、曲がりなりにもイタリアーノがスカートを履いた相手に投げかける言葉でなかった。聞きようによっては趣味の悪い口説き文句だとかろうじて思えなくもなかったが、彼の青い顔をみてしまったらそんな勘違いは到底出来ない。歪む男らしい眉は、あからさまな嫌悪を示している。

「ひっどーい! グイードさんってどうしていつもいつもそんな意地悪ばっかり言うのかなァ! ナマエ怒っちゃうぞ!」

 甘い甘い声だ。甘党なら今後この声なしでは生きていけなくなるだろうし、逆に辛党なら一コンマ耳にしただけで鼓膜は焼け切れ胃は爛れ、脳は砂糖漬けに舌はコンポートになってしまうだろう。吐き捨てるような言葉を受けたにも関わらずぷうっと媚びるように頬を膨らませる姿は、ミスタの言う通り過剰なまでに愛らしく、過剰すぎるが故に醜悪にさえ見えるものだった。

「やめろおおぉッ! 自分のこと名前で呼ぶなァッ! ぞ☆とか言うなァッ!」

 それにしてもこちらも過剰すぎる反応ではないだろうか。ミスタは怖気が走るとでも言わんばかりに自らを抱きしめて、黒い瞳をいっぱいに開きがなりたてる。

「グイードさぁん、大丈夫ですかぁ?」

 ナマエは華奢な手を差し伸べるが、触るな!と叫んで、ミスタはすげなくその手をはたき落とした。その反応にナマエは顔色一つ変えず、

「……まだ僕のこと女だと思って口説いたのがトラウマになってるんですかァ? やだなぁ、自意識過剰なホモフォビアって。そもそも僕は同性愛者じゃあないし、同性愛者だったとしてもグイードさんのことは全然、全く、これっぽっちも好みじゃないですぅ」

 そう、ナマエ・ミョウジはふんだんにフリルで飾られたワンピースを着ていようが、長い髪をハーフアップツインテールにしていようが、れっきとした少年だった。

 話は一ヶ月前まで遡る。新たなボスを迎え新生パッショーネとなったギャンググループで、ミスタはボスの右腕として何人かの直属の部下を持つことになった。その一人が彼、ナマエだったのだが、ミスタはまんまとその外見に騙され正しいイタリアーノの姿として彼に幾度となく甘い言葉を囁いた。
 ミスタには職場内で恋愛をするつもりは一切なかったが、目の前に上等な美人がいれば口説くなという方が無理な話だ。しかしそれも、任務で同じホテルに泊まる日までのことだった。堂々と服を脱ぎ始めたナマエの平らな胸と、下着から現れた見慣れた『モノ』。ミスタの絶叫は、ミラノ中に響き渡った。
 約三週間の間に紡がれた、並べたてるだけで歯の浮きそうな口説き文句もいまや、

「……ッンとに可愛くねェッ!! こンの玉無し野郎!」

 腹の底から振り絞られる罵声へと変わった。

「ひどいっ! 前はあんなに可愛い可愛いって言ってくれたのに!」

「黙れッ! 大体男の癖に紛らわしい格好してんじゃあねえよ!」

「可愛いィ?」

「可愛いよダボがッ!」

「はいはい、いつまでも廊下でジャれていないで下さい。ミスタ、ナマエに説明しなくちゃあならないことがあったはずでしょう」

 通りがかったジョルノが、書類に目を落としたままそう呟いた。
 当人たちにとって関係は最悪だが、はたから見ればそうは思えない。それがミスタとナマエの関係だった。

「説明、ですか。仕事の話ですゥ?」

「……そーだよ。急だけどよォ、ネオポリスで質の悪い地上げ屋が幅をきかせだしてきたらしい」

「前ボスの時は、大人しくしていたようですけどね。まだまだ問題は山積みです。二人には、頑張ってもらいますよ。それとミスタ、資料を忘れてます」

 少しだけ乱れた前髪を払って、目を落としていた書類をミスタに手渡す。そうしてジョルノは、早々に立ち去っていった。彼の言う通りこの組には、やるべきことならいくらでもある。その筆頭にジョルノはいるのだ。

「お忙しい中、ボスになァにパシリみたいなことやらせてるんですか」

 ナマエの揶揄する声を聞き流して、ミスタは去りゆく未だ成長段階にある背を目で追う。いくら優秀で賢い彼でも、こう働き詰めでは参ってしまうのではないか。そんな風に思いかけるが、ジョルノの強さはあの九日間でいやというほど思い知った。

「(俺ごときが計り知れる男じゃあねえ、ってかァ?)」

 そこまではいかずとも、彼は自分が思うよりもずっと強かな人間だろう。そう、結論付ける。

「……聞いてますか、グイード・ミスタ」

「上司を呼び捨てにするんじゃあねえ」

「こういう時ばっかり耳聡いンだから」

 心配なんてものでは何も変わらない。少しでも負担を減らしたいのなら害虫駆除でもなんでも、自分に与えられた職務を全うするまでだ。
 ミスタはぐっと腹に力を込めて、もう一度資料をめくった。
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