中編
グッドモーニング・ヘルサレムズ・ロット

『――あっ、あっ、あーー……HELLO THIS IS H.L STAY TUNED』

 曇天の空、こもった空気。ラジオの電波、舞う砂埃さえ食事に出来そうな、異形蔓延るこの街。

『グッドモーニング・ヘルサレムズ・ローットォッ!』

 それが、ほんの数年前まで極々平凡だった僕が、いま生きている場所だ。
 ハロー、ミシェーラ。
 兄ちゃんは、ちょっと食べられました。




 今日のライブラは、不気味なくらいの平和だった。いつもなら事務所に入るやいなやスラップスティック、キリングミー。その週に眠れればマシな方。そんなブラックでブラッドな毎日だったのに――。

『はいはい始まりました夕暮れヘルサレムズラジオ! 四月になってようやくですが段々と春めいて参りましたね!』

 今日はこんな夕方まで、何も起こっていない。
 スティーブンさんは書類整理すら一息ついたのか、のんびりと外を見上げながらコーヒーを飲んでいるし、クラウスさんは邪魔されることなくプロスフィアーに熱中している。
 ソニックはついに昼寝をし始めた。
 ザップさんだけは妙に落ち着きなくグルグルと歩きまわっているが、どうせまた、くだらないことでもやらかしたんだろう。

『季節なんか、ないけどっ!』

 ラジオの音だけが響く。恐ろしいくらい静かだ。

「平和ですね……」

 つい、そう呟いてしまうくらい、平和だ。
 ほうと息を吐こうとした瞬間、「バッカ、てめえ!」と馬鹿に馬鹿と言われながら口を塞がれた。

「なんすか!」

「そんなんどう考えてもフラグのセリフだろ! 敵倒した後に『やったか!?』とか言っちゃうタイプだなお前!」

「アンタこそ、『殺人鬼と同じ部屋になんかいられるか!』とか言う側の人間だろ!」

「うるせぇえ! なんか今日うなじあたりがすんげーソワソワすんだよ! ンな時に不吉なこと言うんじゃねえこのジンジロ毛が!」

「陰毛の語彙を増やすな!」

 結局騒がしくなってしまった。いつもならここらへんでドアがバンと開くか、窓の外でビルが真っ二つになる頃だが。

「ああ、そろそろか」

 代わりに、スティーブンさんがこちらを振り返る。
 「そろそろ?」と僕がそちらを見れば、ザップさんが「だから聞くなそういうのッ!」と頭を掴んできた。そのままソファに額を押し付けられる。このファッキンシルバー!

「僕達の仲間が、自主冬眠から目覚める」

 瞬間、ザップさんの手からふっと力が抜けた。

「仲間、ですか?」

 見上げた褐色の肌は、土気色に青ざめている。
 なんだかよくわからないが、ざまあみろ。そして、

「あいつは、シャレになんねえ」

 恐ろしい。
 前例がありすぎる。前例が怖すぎる。スティーブンさんやクラウスさんの尺度はあてにならない。ザップさんだってそれほど僕と近いわけじゃないけれど、この人が恐れるものは大抵――。

 ソファのクッション部分が、モゾモゾと動き始めた。
 

▼▼


 星が飛ぶ。キラキラ飛ぶ。己の体が半径百m範囲に広がったような、また逆にどこまでもどこまでも小さくなったような。

「アハア――」

 その時のザップは、完全にキマっていた。
 薄暗く安っぽい音楽と安いだけの酒しかないバーの壁際、床に溶けるように、彼はまどろんでいた。
 這いよる何かの粘膜にぬめった床が、段々と星空のように見えてくる。

「キラーキラー」

 そんな彼に、一本の白い腕が差し出される。
 薄汚い空気を切り裂く光だな、とザップは朦朧とした頭でそれに触れた。
 ひんやりとした温度と、「ふふ」くすぐったい甘い声。
 見上げた先には、



「いただきます」
 
 



 革張りのソファを突き破ったのは、蛇の眼をした少年だった。齧られた。食べられている。

「ギャーッ!!」

「ンンん、スターフェーイズゥ。おめざの準備とはありがたいねェ。俺様ちゃん感極まっちゃうゥ」

 なんなんだ。どういうことだ。やっぱりこの街に、平和な日なんてあるわけがなかった。

「グッドモーニング、誰かさん」

 少年はにっこりと笑った。僕の足を、齧りながら。
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