中編
il piultimo capitolo


「あなたは氷なのに、あたたかいねギアッチョ」

「はァ!?こないだはつめてェって言ったじゃあねェか」

「……そういえばそうね」

 読む絵本がなくなっても、かわらずギアッチョはチョコラータを片手に私の家に訪れたし、かわらずギアッチョの手は冷たい。
 そういえばやっと確認をとれたので、「ギアッチョ」と名前を呼ぶことに躊躇いがなくなった。

「なぜ急にそんな風に思ったのかしら」

 彼の名前を呼ぶ度に、私の中の空白にロウソクが灯るように温もりが生まれた。そのせいで冒頭の言葉になったのだが、私とギアッチョは顔を見合わせて首を傾げた。

「あなたのことを考えると、心臓の」

 胸に手を当てて、じっと考えてみる。

「落ち着きがないの」

 なぜかしら、

「お前ってさァ……あんだけ知識があって、そんなことも知らねえのか?」

「……誰も教えてくれなかったわ」

「つまりよ〜〜ッ!それってよ〜〜ッ!」

 いつものように大きく目を開いて、その乱暴な口調と裏腹に、雪をすくうみたいな柔らかさで私の頬に触れた。
 実際雪のような冷たさなのは彼の手で――でも少しだけ平常より血の色を持っていた。

「愛ってなにかしら?」

「そいつは、人間の内で眠ったままらしいぜ」

 言葉を大事にする彼らしくない、歌うような語り口。

「眠ったままなら、眠れば同じ夢を見れるかしら」

 (なら、ねえギアッチョ、愛と同じ夢を見ましょう。)

「嫌いなものも好きなものもないけど、クリスマスだけは苦手だったわ。迷っているわけでなく、」

 ギアッチョは寝付きが悪かった。
 ベッドに並んで入ると彼ははじめに、何か話そうと呟く。「何の話をするの?ストロベリーフィールド?」と言葉を返すのが、いつの間にか私の癖になっていた。その時の、隣で横になる彼が珍しく困ったような笑顔でこちらを見るのが、気に入っていたからかもしれない。
 その日の話題は、自分の嫌いなものについてだった。ギアッチョは隣人のギターの音がいかに不快で喧しいか語ってくれた。

「本当に言葉を失っている私を見る、両親の目が」

 嫌いなものだなんて、彼と出会うまで考えたこともなかった。

「お前らしいな」

 目が眩むほど色鮮やかな雑踏。欲しいものも、願うこともないまま、両親に連れられて様々なお店に入った。雪のように白くふわふわのぬいぐるみ、舌の上で甘く溶けるチョコラータ、夢のよりも淡い色で描かれた絵本。どれがいいの?と言われても、私には答える言葉がなかった。
 その時は大したことだとは思わなかったけど、今になってみるとあの時私は、

「欲しがるばかりより、悪いことじゃあねェだろ」

 悲しかったのだろう。
 困惑する両親の、きしむように零れた笑い声が。

「……あなたの白い世界につつまれていると、からっぽでもいいって、許されているような気がするの」
 
 そうつぶやく私に、ギアッチョは何かを言いかけてやめた。
 程よい距離の程よい体温。昼間の声とは違う、ひそめられたギアッチョの声。躊躇いがちに彼が、私の頬に触れた。

「ナマエ」

 なに?

「オレはお前が――」

 ええ。

「……寝ちまったか?」

 起きてるわ。ちゃんと聞こえているの。
 そう答えようと思っても、まぶたと唇は、空に星を縫いとめるための糸で合わせられたように、持ち上げることができない。

「……おやすみ、ナマエ」

 おやすみなさいギアッチョ。また、明日。
 そんな穏やかな日が続いて、いつまでも続くと思っていた。

 いつもはけたたましいほど賑やかに準備をする物音が目覚まし代わりだったのだけれど、今日は随分と静かだったようだ。目が覚めた私は一人で、部屋には彼の体温さえ残っていない。どうやらもう太陽は随分と高い位置にあって、一人では目も覚ませないのかと苦笑がこぼれた。
 もう一度毛布にくるまって残り香を探してみるけど、虚しくなってやめた。実体の伴わないそんなものなんて何の意味がない。
 それでも、暖房をつけて彼の痕跡を消してしまうのが勿体無くて、肌寒さをこらえてリビングへ出た。らしくないというか、へんな感じだ。
 音のしない部屋に、普段はつけもしないラジオをつけた。フィレンツェ、国鉄、男性、年老いた――。流れるニュースは、気のない私の耳に文章として成り立たない。
 目を閉じて思い出すのは、彼の創りだす感情の渦。あの熱、あの優しさ、あの声。

 ――ギアッチョ。
 なんだか無性に、あなたに会いたい。

FIN
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