il terzo capitolo
白い太陽が眩しい。
今日も本を買うギアッチョを外で待っている私は、空を見上げて目を竦めた。いい天気だけれど、やっぱり少し寒い。冷えた指先をこすりあわせていると、後頭部をこづかれた。
「待たせたな」
今日はナターレの絵本。そういえば、もうそんな季節だ。オレンジ色の聖ニコラウスは、表紙で大粒の涙をこぼしている。何を思って泣かせたのだっけ。
頭の中でふわふわと水滴を転がすように記憶を探りながら、いつものバールで飲み物をたのむ。オレンジジュースを頼む度にギアッチョがなにか言うので、最近ではカフェラテになった。温かいコーヒーは冷めてしまうから、白い湯気が上がるものを飲むのは随分と久しぶりだった。
母さんが生きていた頃は、ほとんどミルクのそれを飲んでいた覚えがある。
「ナターレのおっさんって暇だよな」
「実働時間はきっとすごく長いわよ」
「あー、調査とか時間掛かりそうだもんな。どうやっていいやつと悪いやつ分けるんだか」
一生懸命私のかいた絵本に目を通すギアッチョ。
となかいの鼻がどうして赤いのか、とかとなかいが八匹も必要なんてあの袋はそんなに重いのか、とか。そんな質問をしながら、彼は瞳をきらきらとさせた。
「私が選んでいいなら、あなたにもプレゼント持って行くわ」
「……ガキ扱いすんじゃあねェよ」
純粋にそう思っただけなのだけれど、気を悪くさせてしまっただろうか。すこし心配になったけれど、すぐにギアッチョは笑顔になる。この顔オモシレーだの、びっくり箱なんていらねーだの。
ただ、画面いっぱい白いだけのページを開いた瞬間、彼の表情がくしゃっとゆがんだ。
「手抜きか?」
「一面の銀世界」
「なめてんのか。あ〜クソッ! 絵本ではよくあることなのかァー?」
そうじゃないかしら、とこちらが返事をする前に、ギアッチョの興味はそれていった。ずれてしまった眼鏡をくいと持ち上げて、今度は先ほどの真っ白なページにあしあとが増えた絵をこちらに見せる。
書かれた文章は、『わたしはゆきにあしあとをのこす』
「これはよォ、どんな影響を与えるか分かってて、それでもやらなきゃいけねー、みたいな意味でいいのか?」
「そうね」
「ふうん、そんな慣用表現あるんだな」
「どうかしら。どちらかといえば隠喩ね」
少なくとも私は他の本でそんな表現をみた覚えはないし、この言葉の意味を理解されたことはない。
「……じゃあなんで断言できンだよ! 国語の先生かよてめーはよォオッ!」
「国語の先生じゃあないけど、それをかいたのは私だもの」
癖なのだろうか。いつものように大きな目をぱちぱちとさせて、「まじでか?」と言った。
「言ってなかった?」
このあと、言ってねーよ!とかオレすげー恥ずかしいじゃねェか!とか、様々な言葉で怒られた。なにが恥ずかしいのかわからないけれど、悪いことをしてしまった。
罪滅しのつもりではないけれど、「なんだよなんだよ全部揃えちまったっつーの!ったく、次の新作も楽しみにしてますよセンセー」と唸りながら言われるものだから、
「よかったら、他のものも見に来る?私の家にいくつか残っているのだけど」
――沈黙。
また、やってしまった。どうにも私には社交辞令というのが理解できていないらしい。
ああ、これが恥ずかしいという気持ちだろうか。
「ごめんなさい、その、」
「本当に、いいのか?」
いきなり席を立った私の手を、冷たい手につかまれる。
「よう」
そんなわけで、箱入りのチョコラータを片手に、ギアッチョが私の家にやってきた。
「いらっしゃい。適当に座って」
寒ィ!と叫ぶ彼にコーヒーを出すと、なぜアイスなのかと睨まれる。レンジで温める?と聞けば、酷く形容しがたい顔をされた。
「こんなに冷え切って、どうしてテメーは暖房をつけようと思わねェんだよ」
そう言って、頬に手をあてがわれる。どう考えても、彼の手のほうが冷たいのが、そこのところ何を基準にして冷え切っていると言うのだろうか。
「ギアッチョの方が冷たい」
白くて、それでも多少私よりはごつごつとした手を包んでみる。
やっぱり、私の手より冷たかった。
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