中編
キッズスペース

 ナマエの朝は、甘やかな少女の声ではじまる。

「まったく、毎朝お寝坊さんね」

 それと、赤ん坊の小さくふくふくした手。
 体を揺さぶる少女の手に指を絡め、ナマエは鷹揚に体を起こした。彼女の胸にまたがっていた赤ん坊が、シーツの海にころりと転がる。

「……おはよう、ベビー5」

 ナマエは欠伸をしながら、ベビー5の艷やかな黒髪を撫でた。すると自分も起こしてやったんだと主張するように、「あぶ」と舌っ足らずな声があがる。
「デリンジャーも、おはよう」。ナマエの言葉にデリンジャーは満足そうに頷く。彼女はその揺れる小さな頭も、優しく撫でた。

 それからナマエは適当に身支度を整えて、ベビー5と連れ立ってキッチンへと向かう。朝食作りは、『メイド』を自称するナマエの、ほとんど唯一と言っていい『メイド』らしい仕事だ。
 デリンジャーは途中で会ったジョーラに任せた。「おはよう、ジョーラ」「おだまるざます! 誰が朝露を含んだ薔薇の花ざますか!」「うんうん、今日もどんな花よりキレイだ」といつも通りの会話を交わして。

 キッチンはこの空き家をアジトにする際、突貫で備え付けられた簡易的なものだ。壁を覆う白いタイルは不規則に並べられている。
 ベビー5は小さな体で、ちょこまかとコマネズミのように働く。彼女を踏み潰さないようにするのが、ナマエの毎朝の難関だ。ベビー5がレタスを千切るためにひとところに収まるまで、ナマエの気は休まらなかった。
 バターが焼ける甘く香ばしい匂いが、辺りに広がる。

「はい、お皿よ」

 差し出された真っ白な平皿に、焼きたてのほうれん草入りオムレツがぽんと乗せられる。
 ――そのためには、ナマエは一旦深くしゃがみ込む必要があった。ナマエの背は高い。幼いベビー5の身長は、彼女の膝ほどの高さしかない。
 ファミリー全員の分を焼き上げるまで、ベビー5は何度も皿を差し出し、ナマエはその度にしゃがみ込んだ。一度無精をしてフライパンからオムレツを飛ばしたところ、見事にそれはベビー5の顔に着弾した。

「腰が痛い」

 明日は大皿一つで済む料理にしよう。踏み台を用意してもいいかもしれない。ナマエは微笑みながらも、そう決意する。
 ちょうどパンも焼き上がりを告げた。

 人数分を作り上げたところで、ドンキホーテ・ファミリーは家族であるが海賊だ。全員が揃うことのほうが珍しい。
 今朝も数人の顔が見えなかった。大雑把なメイドはどうせ誰かが食べるだろうと、毎日同じだけの量を作る。

「おはよう、ドフラミンゴさま」

「ああ。……白い服か、珍しいな」

「昨日お前が、最近黒ばかり着てるって言ったから。理由を教えてやろうかと」

 給仕は勿論、彼女の主たるドフラミンゴからだ。しかし彼の朝の支度はファミリーの誰よりも時間がかかるので――「おはようだすやん!」特大のベーコンを噛みちぎりながら、バッファローが言った。余ってしまったオムレツも、彼がぺろりと平らげた。



「確かにナマエが白い服を着るのは、珍しいわね。あ! こぼしちゃった」

 床に寝転ぶナマエの背に座り、ティーカップを傾けるベビー5。

「いっつも真っ黒だすやん。あ! アイスが!」

 同じくナマエの背を枕にして、アイスを舐めるバッファロー。

「いきなり真っ白とか、極端すぎじゃねえか。おっとインクが」

 これまた同じくナマエにもたれ掛かり、ドフラミンゴに与えられた課題を解くロー。

 特に用事のない空き時間、彼らはナマエにくっついて思い思いの余暇を過ごしていた。こどもたちは勿論ドフラミンゴ筆頭にファミリーたちのことを大切に思っている。しかしこの寛容なクッションはまた別だった。

 ナマエは子どもたちになにかを教授することも、叱りつけることもしない。命令だってしない。
 したいようにさせてくれる――やはり適切な言葉としては寛容なクッションだ。どう扱おうと文句一つ言わないし、彼らの船長ドフラミンゴもなにも言わない。便利なクッションで、ソファで、カーペット。しかも一緒に出かければ、好きなだけほしいものを買ってくれる機能まで付いている。

「……ありがとう。これで、ドフラミンゴさまに説明しやすくなった」

 煙草が少し煙たいことを除けば、子どもたちにとってナマエは理想的な家具だった。子供嫌いのコラソンが来るまでは大勢いた他の子どもたちも、ナマエには懐いていた。
 ソファの背中に、今度はデリンジャーの哺乳瓶が転がる。家具のカバーが黒か白か。そんなことは、子どもには関係ない。
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