短編置き場


獣(前編)

「ひ、土方! さん!」

 乱れるシャツを必死に掻き合わせながら、青年――いや、まだ少年と言っていい線の細さだ。――が駆けてくる。名を呼ばれた老剣士は反射的に鞘に掛けた手を下ろし、「どうした」と落ち着き払った声を返す。

「牛山の! 旦那! が!」

 仮宿の縁側に置かれた長椅子に身を横たえた土方は、少年、ミョウジの悲嘆を「またか」とため息と共に一蹴した。

「またか、じゃないですよ! だから早く暇をやれって言ったんです! もうあの人バケモンですよ! 性欲のバケモン!」

 一蹴されてはミョウジもたまらない。如何にかの性獣から死ぬ物狂いで逃げ出したか、懸命に身振り手振りで説明をする。

 性獣、もとい牛山は、普段はただの性豪と親しみを込めて呼べるが、長い禁欲状態――といっても平均的な男性ならば耐えられる期間だ。――にあると、誰彼構わず、それこそ老若男女問わず、その溢れる性欲をぶつけようとする。

 この安宿の付近にはあいにく商売女の類はおらず、三日間の潜伏で牛山の我慢は限界に達していた。
 長閑な享午を愛用の二十六年式拳銃の整備に当てていたミョウジが標的になったのも、不幸にも当然の成り行きだった。彼が出来るのは「永倉も襲うぞ」と土方が言っていたのを、気楽に流していた己を呪うことくらいだ。

「……初めてでもないだろう。今は大っぴらに動くわけにはいかんのだ」

 死刑宣告にも等しい上司の言。
 幼い時分より新選組に憧れ、永倉に土下座までして弟子入りを志願した結果がこれ。――ミョウジは諦念の涙を零した。

 後ろから迫りくる大きな影に、気付いてしまったからだ。





 自室まで、牛山は少年を肩に担いで運搬した。畳に粗雑に投げる様と相まって、まさに運搬としか言いようがなかった。
 ――その場で犯されなかっただけマシ、と思えるほどに、ミョウジは達観しきれていない。

「……う、牛山の旦那、もう絶対意味ないでしょうけど言いますよ。考え直してください。僕ってばちょっと可愛い顔してますけど男ですし。男ですし! 土方さんの目はどうにか誤魔化しておくので、山を降りてください。それがいいですって。ね!」

 無駄な抵抗と知りつつ、それでも言葉を重ねる。しかしその哀願も、牛山の耳には届かない。そんな貞操危機一髪の状態でどうしてこんなにも長台詞を彼が話せたかと言うと、それはただ、牛山がシャツの釦を外していたからに他ならない。

 一つ一つ、無骨で太い指が小さな貝釦を外す姿は、こんな時でなければおかしみと愛嬌溢れる様相だ。
 しかし、ミョウジは笑っている余裕もない。

 最後の釦が外れ、するりと白いシャツが床に落ちた。そうして牛山の逞しい上半身が顕になる。己のものと比べて二倍はある太い腕と分厚い胸板に、ミョウジの口からは声にならない悲鳴が上がる。

 質問、なぜ声にならないのか。回答、少年の唇に牛山の分厚い唇が食らいつくように重なったから。

「ん、ぐ、……ッ!」

 生ぬるい刺し身。それが唇に吸い付き、徐々に口内に侵入してくる。はっきり言って不愉快なことこの上ない感触だ。口髭がもしゃもしゃと顔中をなぞる。ミョウジは背筋に怖気が走り肌が粟立つのを感じた。
 じゅるじゅると艶めかしいというよりは野蛮な水音がどちらの口からとも知れずたつ。

 ミョウジは見開いた目にいっぱいに涙をためつつも、牛山が離れるのを大人しく待った。
 抵抗する気は、丸太のような腕とヒグマの如き胸板を見た瞬間に消え失せた。男所帯において裸体を晒すことも晒されることもままあったが、それが己を襲う武器として提示されるとなると話は別だ。愛用の『まめでっぽう』は鍛え上げられた肉体の前では無力だった。

 舌を噛み自決するほどの矜持も、刺し違えてもという覚悟も、ミョウジにはない。無駄な抵抗を重ねる徒労と貞操観念を天秤にかけて、十対一で怠惰が勝ったのだ。

「だ、んな……」

 段々と口内を這い回る舌の気色悪さにも慣れて、――いちいち口吸からはじめるなんて、存外浪漫を大切にするタイプなのだな。そんな風に考える余裕さえ生まれてくる。
 それも、牛山がスラックスの前を寛げるまでの短い間だった。

「無理だ!!」

 それはまさに凶器としか言いようがない『モノ』だった。
 そそり立ち天を向いた逸物は、牛山の巨体には相応しい大きさだ。浮き出る青筋はグロテスクなまでに生生しく、ミョウジはずるずると畳を後ずさる。その顔は血の気が引いて青ざめていた。

「いや無理です無理です無理です。ケツが爆発するってそんなん! 馬鹿じゃなかろうか!」
 
 罵倒混じりの懇願に、牛山は照れたように頭を掻く。

 ――いや、なに照れてるんだあんた!

 重ねて罵ってやりたくなるが、畳に押し倒されてそれも飲み込んでしまう。牛山の鼻息は荒く、瞳に灯る熱は野生動物だってもう少し理性的だ。
 
「力を抜け……おとなしくしていれば、酷くはしない」

 振り絞るように吐き出された情話も、ほとんど唸り声としてミョウジの耳を侵す。

「酷い! 旦那はもう充分酷いです!」

 貞操の危機には耐えられても、これはもはや命の危機だ。
 必死に身をよじって牛山の下から逃げ出そうとするが、体格が倍でも体重は倍では足りない。うんともすんとも、びくともしない。足をばたつかせてみても、蚊に刺されたほどの痛みも与えることが出来なかった。

「だ、旦那ァ……ッ! ヒッ!」

 それどころか明らかに熱を持つ手のひらで全身を撫で回される。
 軽く胸をまさぐられただけで、簡単に薄い上半身が顕になった。一度目の襲来で、すでにミョウジの纏うシャツの釦は八割方弾け飛んでいた。色は白いが筋肉のついたミョウジの肢体は、どう見ても女のそれではない。

 牛山の動きが、ピタリと止まる。
 これを好機だ。ミョウジは目を輝かせた。そして「そうですよ旦那ァ。僕は貧乳とかじゃなくて無! 女じゃなくて男!」と叫ぶ。

「……女ーーーーーッ!!」

「女じゃない!」

 理性をなくした獣の前では、そんなもの意味をなさないのだが。
 さきほどの躊躇いはなんだったのか。頭を抱えたくなるが、両の手は頭上でしっかりと抑えられてしまっている。
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