短編置き場


火点しマニキュア

 かの名前を呼んではいけない『あの人』の呪いに打ち勝った、たった一人の少年。
 彼がホグワーツに入学して来たことは大多数の生徒の興味の的となり、しかし大多数の生徒にとってそれは不利益にも有益にもならなかった。

 けれど現在、裏庭の片隅で紙巻きたばこに火をつける少年、ナマエ・ウィーズリーにとって彼、ハリー・ポッターの存在は大いに役立っている。いつだって、教師達の意識は多かれ少なかれ『ハリー・ポッター』に向けられていた。しかめ面しい顔をしたセブルス・スネイプなんかが特にだ。
 だからこそナマエは『薬草学』の授業をこっそりと抜け出して、こうして紫煙を燻らせていられた。(どうやらかのハリー・ポッターはまたなにかアクシデントにあってしまったらしく、スネイプは授業中だというのに喜々として飛んでいったのだ。)

 ――ちいさな従兄弟とそのご友人には申し訳ないけどね。

 ナマエは少しだけシニカルに笑って、ローズマリーの生垣に煙を吹きかけた。途端、後ろからわざとらしい咳払いが。
 反射的に振り返ると、そこには赤毛の双子がチェシャ猫のように笑っていた。

「やあナマエ」
「やあ、おじさん自慢のナマエ」
「優等生の君がこんなところで」「一体」「なにを」「やってるんだ?」

 神経を逆なでする言葉えらびはわざとらしく、それでいて真実他人を苛立たせないのは、人悪くにやついていてもどこか人好きのする二対の瞳のせいだろう。ブラウンのそれらは、好奇心と木漏れ日にキラキラと輝いている。

 しかし、右隣に座ってセージの葉をむしっては嗅いで顔をしかめている少年は、一体フレッドとジョージ、どちらなのだろうか。従兄弟であるナマエにも、二人の見分けはつかなかった。
 それくらいよく似た、仲の良い双子なのだ。左隣でだって、双子のどちらかがラベンダーをすり潰している。

「……父さんには、黙っててくれ」
「嘘だろナマエ! てっきり僕たちは!」「お前がタバコを吸ってるのは親父さん公認かと!」

 なんにせよ、面倒なやつらにバレてしまった。ナマエは苦々しく顔を歪め、深く首を項垂れさせた。
 ただし面倒なだけで最悪ではないのは、双子の兄である監督生のパーシーではなかったからだ。しかし、真面目な彼が授業中に校内をうろついているわけもないのだから、やっぱり面倒な上に最悪な相手に違いない。

「そんなわけないだろ」

 まだオブリビエイトが使えない己の力量を恨むと同時に、知っているくせにこの上なく驚いた表情を作ってみせる双子が憎らしくてたまらなくなる。ナマエは灰色の瞳をすがめ、二人をきつく睨んだ。
 「おー怖い」と肩をすくめる動作まで、ぴったりと揃っている。

 ナマエは自身の赤毛をくしゃくしゃとかき回し、深くため息をついた。他のウィーズリー家と同じく、彼も赤毛で、そしてグリフィンドール生だ。
 ナマエは双子のように問題児、もといいたずらっ子ではなく、むしろ優秀で真面目な、教師たちからの覚えもよい優等生だった。真実、彼は気質穏やかな*よい子*であると言える。ただ少し息抜きがうまく、その方法が少しだけヤンチャなだけだ。

「言うもんか、親愛なる従兄弟殿よ」
「だって君が一年生のときこっそり飛行術の練習をして、トイレに頭をつっこんだことだって、俺らはダーレにも言わなかっただろ?」
「言わなかったけど、書いたじゃないか」

 嫌なことを思い出させてくれる。
 彼らはたしかに一言だってそのことを話題にはあげなかったが、彼らがばらまいた一文は瞬く間に生徒中の知るところとなった。

「そうだっけか? でもやったのはフレッドだ」
「いや、あれはジョージの字だった」
「どっちだって同じだろ!」

 白々しい二人の態度に、つい声を荒げてしまう。沈着冷静と評されるナマエだが、それでもまだ三年生なのだ。嫌な記憶蒸し返されれば、大声だって出したくなる。
 立ち上がらんばかりに息巻くナマエの腕を、双子はいさめるように撫でさすった。

「まあまあ、落ち着けよ」
「フェルチにバレたらそれこそコトだぜ」

 一体誰のせいで。もう一度怒鳴りつけたくなったが、悔しいことに双子の言っていることは正しい。深呼吸をする代わりに、タバコの煙を肺の奥へと吸い込んだ。すると、両サイドからぬっと白い手のひらが差し出される。
 てっきり口止め料でも求められたのだと思ったナマエは、「……今、財布持ってないよ」と唇をへの字に曲げる。しかし双子は心外だというように首を横に振った。

「金じゃない」
「君、随分とうまそうに吸うんだもの」

 「共犯になってやってもいいぜ?」と重なる声は、いつだって楽しそうだ。
 好奇心とイタズラ心で破裂しそうな赤い風船が二つ。彼らと過ごす時間も、ナマエにとって――腹立たしいことも数あれど――かけがえのない息抜きの一つだった。

 ナマエは無言で二人の手のひらにタバコを乗せて、それから指先に小さな火を灯してみせた。
 その瞬間、ジョージとフレッドの興味はタバコから彼の指先へとうつる。

「また新しい魔法グッズか?」
「前の『思い出せない玉』に比べたら、すっごいクールだ」

 魔法グッズの改造もまた、ナマエの息抜きの一つ。フレッドが野次った『思い出せない玉』は『思い出し玉』を改造して作った、忘れたことがあってもなんの反応もしめさない――故障品となにが違うのかと大ブーイングだった。――悪戯グッズだ。

 はしゃぐ二人の手はぎゅっと握られて、細い紙巻たばこは呆気なくくしゃくしゃになる。
 ――共犯にしそこねた。日灯しマニキュアの改造方法を説明しながらも、ナマエは少しだけがっかりした。
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