一話  



「梓ー!朝だよ!梓っ!」
「……んっ…」

騒がしい
聞きなれた幼馴染の声が耳を突く
揺すって起こそうとする彼の手の感触
いつもと変わらない朝の日常

まだ起きたくないと訴えるかのように俺 深水梓はベッドの上で丸くなる
それでも彼は諦めないようで何度も何度も声をかけては体を揺すってくる

「あずさー!起きないと遅刻しちゃうよ」
「…るさ…」
「ほら、早く起きて」
「うるせー…なあ…」
ヘラヘラと笑いながら声をかけてくる幼馴染 秋園翔太をベッドの中から睨みつける
が、やつには全く効いていないようだ
犬みたいな愛らしい顔で俺の起床を待っている

「梓!ほらほら起きてー!」
とうとう掛け布団に手をかけた翔太に俺は

「うるせって…いってんだろっ」
キツいパンチを顔面にお見舞いするのであった。





「う…痛…」
ベッドの横で蹲る翔太を他所に俺は着替えへとはいる
「おい、いつまでそこにいるつもりだ?」
「へ?」
顔を抑えたまま翔太は顔をあげる

「着替えられないだろ、外で待ってろよ」
「いいじゃん別にー 幼馴染なわけだし」
「もう一発殴られたいのか?」
「うそです!ごめんなさい!」
そういって翔太は顔の前で手を合わせそそくさと部屋から出て行った




翔太とは古い付き合いだ
寝起きの悪い俺は、毎朝こうして起こしに来てもらっている
出張の多い俺の両親は近所に住む翔太の家に俺を何度か預けていた
翔太の両親はとてもいい人たちで俺のことを実の子のように扱ってくれ、今も俺の両親共々 秋園家とは仲が良くて、必然と同い年の俺と翔太も仲良くなったわけだ。

といっても仲が良かったのは小学生までで
中学生になる頃 俺はすっかりやさぐれてしまい、翔太を奴隷のように扱いだした。
それでも翔太は文句一つ言わず俺の傍にいる
自分でも不思議だ、なんで翔太はこんな我儘で良いところが何一つない俺の傍にいてくれるんだろうか
学校でも俺の我儘さについていけなくなって何度も友達を失った
別に失うことが怖いわけじゃないし、面倒な奴等と絡むのは正直言っていやだ。

それでも翔太は俺を構い続けて
高校生になっても今だ俺らの関係は崩れていない

翔太は人懐っこくて明るい性格なので沢山友達を持っている
俺とは全くといっていいほど真逆の人間なのだ


支度が終わり翔太の待つ家の前へと向かう
玄関の扉を開くと、翔太は見知らぬ女と楽しそうに話をしていた

(……誰だよ、その女)

制服は月影高校のもの
つまり俺らと同じ学校だ
翔太は俺が出てきたのに気がつくと笑顔を向けてくる
その笑顔は毎日といっていいほど見ているのに、なんだか胸の辺りがチクリと痛んだ

俺は翔太から目を逸らすと玄関前に置いてある自分の自転車を取り出した

いつも前を翔太に漕がせて学校に向かう
だけど、なんだかわからないけれど
俺はすごくイラついていて

「今日俺一人で行くわ」
なんて言葉を吐いた

「え?なんで?一緒に行こうよ?」
「うるせーな、一人で行くったら行くんだよ。お前はそこの女とくればいいだろ」

理由もわからない身勝手な行動
翔太は少し焦った顔をするが、俺は構わず二人の横を自転車で通り過ぎ 学校に向かった



教室について一人でボーっと窓の外をみる
当たり前のように誰も俺になんて声をかけない
というかかけられても面倒なだけだ
でもクラスメイトたちはちらちらとこっちに視線を送ってくる

きっと翔太といないからだ
翔太のいない俺はきっと手綱の取れた猛獣のようなものだろう
やつらにとってはそれが恐くて仕方ないのだ

HRの鐘が鳴る前に教室に翔太が入ってくる
「おはよー」と挨拶の声が飛び交う
すぐに翔太の周りはクラスメイトでいっぱいになった

「おい、翔太 どうしたんだよ」
「え?なにが」
「なにがって、なんで深水と別々に来てんだよ」
「ああ、それは…」
「お前しか扱えないんだから頼むぜ。こっちに来られたら困るし…」
「んー、みんな誤解してるよ。梓はなにもしないし…」
「お前くらいだよ、あんなに使われて文句一つ出さないドM野郎は」

暫くして翔太は俺の前の自分の席へと腰掛け、俺の方へ体を向ける

「ねえ、なんで今日先に行っちゃったの?オレなんか悪いことした?」
「……べつに」
「あのね、さっき一緒にいた子は」
「どうでもいいし」
「…うーん…」

今朝翔太の横にいた女は

(美人だった。)

翔太のことを頬を赤らめながら見ていた
きっとあの女は翔太に惚れている
そう思ったら胸が痛くて 考えるのをやめた

「オレあの子のこと知らないんだ。梓待ってると声かけられてさ。向こうはオレの名前知ってるみたいだったけど、オレは全くで」
「べつに聞いてねえし」
「隣のクラスの子みたいでね、あの道が通学路なんだって」

(そんなの口実に決まってるだろ)

「だからなんだよ」
「んー? だからたまたま見つけたオレに声をかけてきたってだけの話」
「お前の話はオチもなにもないからつまんねー」
「へへっ」
翔太は「ごめんごめん」といいながら後ろ髪を掻いた

翔太は昔からモテる。人懐っこいし明るいのもあると思うがなにより優しい。
あと顔も結構イケメンだ。 黙ってればな


(もし、翔太があの女と付き合ったら…)

美男美女カップルで学校でも有名になるかもしれない
そんな姿を想像したらイライラしてきた

朝から俺はどうしたんだろうか。
すごくイライラするし胸が痛い

(カルシウム足りてないのか…?)

ああ、もう頭痛まで出てきた
なんだかわからないけど、今翔太を見るとすごくイラつく

「…?梓、顔色悪い…」
ガタッと席を立ち廊下へと向かう
そんな俺のあとを翔太がついてくる

「梓?どこいくの?もうすぐ1限始まるよ?」
「保健室。 ついてくんな」
1限目はサボろう
とりあえず俺は保健室でサボることにした



ついてくるな と言ったからか翔太はついてこなかった
一人のほうが気が楽だ。 でもなんだかすこし 寂しい。


(ああああもう わけわかんねえ! なんだよ寂しいって)



別に翔太がいなくたって 俺は…



   俺は……





「ねえねえ!秋園くんと一緒に登校したってホント?」

秋園という言葉に俺は足を止めた
3組の女子が数人集まり話していたのだ
その中に今朝俺の家の前にいた女もいた

「うん、本当だよっ。秋園くん格好よかったー!」
「えー!いいなあ!」

やっぱりな、あの女は翔太に惚れている

「でもさー」
「なによ」
「あの深水ってやつ、ホント最低」

自分の名前が出てくるとは思ってもみなかったので俺は無意識に唾をゴクリと飲んだ

「なんで?」
「あいつさー、せっかく秋園くんが待ってたのに一人で勝手に行くんだよ?秋園くん超困ってたし」
「えーうそ」
「ホント! 待ってた秋園くんに謝りもせずに一人で自転車で行ってさ。ホント最低だよ」
「まあ、深水はいろいろといわれてるしね。 秋園くんを足のように使うし」
「あんな我儘な男最低。ありえない」

(…ありえない…か)

「あのさ」
彼女たちの後ろから顔を覗かせ俺は声をかけた
彼女たちはビクッと体を揺らしたあとゆっくりとこっちに視線を向ける

「影でコソコソ言ってねえで、直接言ったら?」
「…っ」
焦りを顔に浮かべる女子
俺はそれだけ言うと保健室へと向かった

「なにあれ むかつくー!」という罵声を背中に浴びながら





「帰った…?」
オレ、秋園翔太は保健室に来ている
でもそこに梓の姿はなくて、保健室の先生に聞くと梓は帰ったと告げられた

「え、なんで」
「体調が悪かったみたいよ。『頭が痛いので帰ります』って」

頭が痛い? だ、大丈夫かな…梓

そういえば今日は朝から機嫌が悪かったし、すごくイライラしてた
オレ…なんかしちゃったかなー…

「梓……」

保健室を後にしたオレはすぐさま梓へとメールを打つ


(『体調大丈夫…? 今保健室に行ったら帰ったって言われて、すごく心配でメールしてます。 帰りに寄るね』 っと…)


メールの文を打ち、送信ってときに目の前から今朝の女の子が歩いてくる

たしか名前は 吉田さん

「…秋園くん…」

彼女は泣いたのか目が腫れ上がっていた

「ど、どうしたの吉田さん!」
「実は…私深水くんに…っ」
思い出したのか新しい涙がポロポロと溢れ出した

「深水くんに酷いこと…言われてっ…」
「あ、梓が…?」
「うっ…ぐすっ」
「な、泣かないで吉田さんっ」

どうしよう すごく泣いてる。 梓、彼女に何言ったんだろ…

「吉田さん…落ち着いて」
「秋園くんっ…!」
「わっ…!」
彼女はオレの名前を呼んだあと胸の中に飛び込んできた
突然の出来事にオレは目を見開く
それでも彼女はキツくオレに抱きついてきて

「よ、吉田さ…」
「ごめんなさっ…でもつらくて…!」
「えっと…」
「深水くんに『ウザい』って言われて… あと『ブス』って」
「あっ梓が…!?」
「私っ…なにもしてないのにっ」

(梓…そんなこと言ったの?…なんで…)

オレはただ 泣きじゃくる彼女を宥めることしか出来なかった――。




「い…っつ…」
頭が痛い。熱も出てきたみたいだ。
俺は自室のベッドの上にうなだれる

……翔太は怒ってるだろうか?

イラついて当たったり、勝手に帰ったりして…

翔太のことを考えるとすごく胸が痛んだ

…こんな我儘なやつ、翔太ももうお手上げだろうな。……俺、翔太がいなくなったら……どうしたらいいんだろ…

そこまで考えて 俺の意識はぷつりと切れた





額に冷たい感触
柔らかく暖かい日だまりの匂い
優しく触れる指先


「翔……太…?」
ぼんやりとした意識の中、横にいる人影に目を向ける

「ごめん、起こしちゃった?」
そこには申し訳なさそうに謝る翔太の姿

「なんで…お前……授業は…」
「梓が帰ったって聞いて、心配して帰って来ちゃった」
「……ばか、じゃねえの…お前が休んだら……誰がノート写さしてくれんだよ…」
「あ、そっか…ごめん…」
荒い息で文句を言うと翔太は肩を落とした

熱で魘されてる所為か翔太に犬の耳が見える
しゅん…と垂れ下がった耳、床に垂れたままの尻尾

翔太が犬に見えるなんて…俺も末期だな


「……ねえ、梓」
「ん、なんだよ……」
「梓は………吉田さんのこと好きなの?」
「はぁ? …誰だよ吉田って」
「今日オレが一緒にいた子」

あの今朝の嫌味な女か

「ふざけんな…誰が」
「だって梓、あの子に悪口言ったんでしょ?」
「はぁ!?」
驚いて翔太を見ると真剣な面持ちでこちらを見詰めていた

…なん…だよ……、なんでそんな顔……っ…そんなにアイツが好きなのかよ…ッ


「梓が悪口言うなんて滅多に無いからさ。もしかして梓は『好きな子ほど苛めたくなる人』なのかもって思って」

……なんか、すげえ気分悪い。俺があんなやつ好きになるわけないし、翔太も翔太でアイツが好きなら俺にはっきり言えばいいのに


「ねぇ、梓どうなの?」
「…だるい、寝る」
イライラして翔太に背を向ける

「梓っ!」
「うるせーなっ、寝かせろよ!」
「まだ、話終わってないっ!」
「どうでもいいだろ!んなこと!」
「どうでもよくない!!!」

翔太が声を荒げた
普段温厚でばかでいつもヘラヘラしてるやつだから、こんなに声をあげたのを見たのは初めてかもしれない

「しょ…」
「梓は…吉田さんが好きなのかって聞いてる…」
翔太は怒りを抑えているかのように震えていた

「…っ…答えてよ…梓」
「…なんで言わなきゃいけねえんだよ」
「っ…」
「お前に関係ねぇだろ」
「関係あるよ!だってオレは…ッ!」
なにかを言おうとして翔太は口を結んだ

「なんだよ、言えよ」
どうせ『オレは吉田さんが好きなんだ』だろ?わかってんだよ

「………」
なにも言わない翔太に痺れを切らし俺は立ち上がり部屋から出ようと翔太の横を過ぎる

「どこいくの…」
「喉渇いたから水取りに行くんだよ」
「梓…オレっ」

翔太が俺の腕を掴む
下から見上げる切羽詰まった表情に俺は折れ、溜め息をついた

「お前吉田のこと好きなんだろ?」
「へ?」
なんて間抜けな声あげてんだ

「だから俺に取られるとか心配で聞いてんだろ? 安心しろよ、俺はあの女には興味ない」
「っ……」

なにも言わない翔太を見る
翔太の震えが腕を通して俺にまで伝わってくる

「……それ…ほんと?」
やがて翔太の口から小さく放たれた

「ああ、だから安心して吉田に告って…っ!?」

『告ってこい』と言おうとした瞬間、翔太に抱き付かれた

「ちょっ、なんだよっ…離せ」
腰元に抱きついた翔太を慌てて離そうとする
「嬉しい…」
「は?」
「嬉しいんだ」
「なんでだよ」

ああ、俺が吉田好きじゃないっつったからか
いやでも告白もしていないのになんでこんなに喜ぶんだよ

「梓…」
「おい、いい加減離せ」
「梓…お願い聞いて」
「……なんだよ…」
「オレね…」

顔をあげた翔太はさっきと同じ真剣な目をしていて

「オレ、梓が好き」
「………は?」
「ずっと好きだったんだ」
「いや、……え?」

翔太が俺を好き?

「でも言えなくて…、でも今日梓が吉田さんに興味がないってわかって嬉しくて!」
「いやいやちょっと待て! お前が好きなのは吉田だろ!?」
「違うよ!オレが好きなのは梓!」
「……っ」
「梓?顔真っ赤だよ?どうしたの?」

やばい 思った以上に 俺はこいつから告白されて 嬉しいらしい


「梓!?ちょ、梓!」
視界がぐにゃりと曲がると、俺の体からは力が抜け意識も失った――‐



「ん…」
次に目を覚ましたときにはすっかり日が落ちていて、オレンジの柔らかな光が部屋を明るく染めていた

「梓、大丈夫?ごめんね、熱あるのに…」
「!!!!??」
視界に翔太が映った途端先程の告白を思い出した

「まだ…顔赤いね…」
「う、うるせー!顔寄せるなバカ!」
「えっ酷いーなんでっ」

ドキドキしちまうからだっつーの!!


「…ごめんね梓…、オレ自分のことばっかで…」
「………」
「梓がオレのこと、恋愛対象じゃないってわかってるのに」
「…ん?」

恋愛対象じゃない?

「…オレ気持ち悪いよね、ごめんね、今まで通り普通に友人として…」
「ちょっと待て!」
「へ?」
「………っ別に、俺お前のこと…嫌いじゃないんだけど」
「? だからそれは友人として」
「違う! ……お前に告白されて…嬉しかったんだよっ…」
「…梓、それって」
「…これ以上は自分で察しろ、バカ…」

くそ恥ずかしくて翔太の顔が見れないが、きっとやつは目を輝かせて尻尾をパタパタ振っているだろう

「両想いってことでいいんだよねっ?」
「聞くなっ」
「梓オレのこと好きなの?」
「聞くなっつーの!」
「梓っ!」

嬉しさのあまり抱き付いてきた翔太を俺はなんとか受け止める

「バカっ、重いって!」
「……梓」
「…っ??」
俺の頬に手を添えて優しく名を呼ぶ翔太
顔が近くて 胸が張り裂けそうなくらいドキドキと主張している


段々近付く翔太の顔
翔太の息が俺の唇に触れたと思ったときには、俺の唇は翔太の唇によって塞がれていた

「んっ…!?」
柔らかい唇の感触と近すぎる翔太の顔、そして翔太の匂い

恥ずかしくて苦しくて、翔太の肩を押し引き離そうとするがその手を捕まれて 俺は優しくベッドへと押し倒された

「翔…っ」
やっと離された唇に 不安の声色で翔太の名を呼ぶ

「…梓…」
幼なじみの俺が聞いたこともないような優しく甘い声で名前を呼ばれ、また口付けられる

今度は触れるだけのキスではなく、食まれ舐められる

「んぅっ…!」
なにしてんだと唇を開いた瞬間、ぬるりと何かが入り込んできた
それが翔太の舌だと理解するときにはもう俺の舌と絡まっていて

「んっ…はぁ…あっ、ん」
耳を塞ぎたくなるような卑猥な音と声が俺の部屋に響く

この俺から出ているとは思えない、小さな喘ぎ声

唇の横に伝う涎が俺の羞恥心をかき乱す

「しょ……や…めっ、ん…ぅ」
頭がボーっとしてくる
熱の所為?それともこのキスの所為?

翔太の手が俺の服の中に侵入する

「っ…!」

と、そんな力どこにあったのか 俺は翔太を突き飛ばしていた

荒く息を繰り返す俺に 翔太はびっくりしたような顔をして、そしてみるみる顔を赤らめた

「ごごごごめん!こんなことするつもりじゃっ…!ごめん!」
口元に手を寄せ瞳を反らす翔太

「…梓が…あんまりにも綺麗で可愛くて…」
「…はぁ?」
「……理性、飛んでた…ごめんなさい…」

翔太は深々とベッドの上で土下座をする
俺はそんな翔太をみて溜め息をついた
「………別にいいよ…両想い…なんだし…」
「えへへ!」
顔をあげた翔太は嬉しそうに微笑んだ

くそ…すげぇ照れる…っ

「…俺もちょっとびっくりしただけだし、嫌ってわけじゃ…」
「梓ぁ…!」
「いや、まて。 今の感じ、どう考えても俺が女役だよな?あり得ねえ!なんで俺が!」
「だっ、だって梓オレより小さいし可愛いしっ」
「意味わかんねえ理屈並べんな!」
「ああっもう梓怒らないで!また倒れちゃう!」
「誰が怒らしてんだ誰……がぁ…」
「あっ、梓ぁあ!!!」


なんだこれ、頭がフラフラ………


「梓しっかりしてー!」




そして俺は3日間熱に魘され続けたのだった――





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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
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