03 アイスは美味しく頂きました。


「はぁ…」



あの後、はいじ(仮)に話を聞いていくと、どうやら俺の両親には話してあるらしい。
それを聞いて慌てて、夫婦で温泉旅行中の母親に連絡を取ってみれば、『あら、言ってへんかったっけぇ?お姉ちゃんと友香里には言ったんやけどねぇ』と言われる始末。
言ってへんわ!なんで、俺だけ!

なんでも、はいじ(仮)の父親がうちの父親の古い友人で、彼女の両親が海外出張する間、うちで預かることになったらしい。
漫画や小説によくあるパターンのヤツや。
しかも困ったことに、預かった本人たちは明日の夕方まで帰ってこない。
更に言うなら、姉ちゃんと友香里も外泊で、帰ってこない。
明日も平日やけど、そのまま泊まり先から学校に行くらしい。
ちなみに、おとんは有給休暇や。
そこまでして温泉行きたかったんやろか、おとん。

まぁ、そんなわけで、今晩ははいじ(仮)と二人だけなんやけど、



「ふぅ。お風呂、あざーっす」
「……おん」



母親との電話中、はいじ(仮)には風呂に入っていてもらった。
大丈夫だとは思うが、一人で部屋に置いておくほど彼女のことを信用しきれていなかったから。
もしかしたら、あるかもわからないエロ本を探し始めるかもしれない。

そうして、風呂から出てきた彼女は、肩にタオルを掛け上下真っ赤なジャージの裾を捲っていた。



「……色気ゼロやな」
「何か言ったー?…あ、アイスあんじゃん。貰っておk?」



確認しながらも、既にカップの蓋を開けているはいじ(仮)。
あかん。ツッコミが追いつかん。
人んちの冷蔵庫を勝手に開けるなとか、髪はもっとちゃんと乾かせとか、言いたいことは山ほどあるのに。
取り敢えず、冷蔵庫で涼むのやめろ。



「そういえば、はいじ(仮)。どうやって、家に入ったんや?」
「ああ。君のお母さんから、合鍵は事前に貰っていたからね」



最初から気になっていたことを聞いてみれば、あっさり返された。
ああ、合鍵ですか。
……おかん。
はいじ(仮)にはちゃんと鍵渡したのに、なんで俺には何も言ってへんのや。



「そういえば、寝る場所なんだけどさ」



寝る場所。
すっかり忘れていた。
夕飯を軽く済ませて、その後ずっとバタバタしていたから、全く考えていなかった。
さぁ、どうしようか。



「くららさえ良ければ、このソファ、使わせてもらっていい?」



左手にカップアイス、右手にスプーンを持ったはいじ(仮)は、リビングにある数人掛け用のソファを右手で指し示した。
勿論、スプーンは持ったままで。
相変わらず行儀が悪いが、早速慣れつつある自分に苦笑する他ない。

それにしても、女の子をソファで寝かせて自分はベッドというのは、いかがなものか。
そう、相手は仮にも女の子だ。仮にも。



「いや、女の子にそれはアカンやろ」
「大丈夫だよ。それに、いない人の部屋に勝手に入るわけにもいかないし」



まぁ、確かに。
姉ちゃんと友香里の部屋には、入れない方がいいだろう。



「俺の部屋は?」
「くららがいるじゃない」



……確かに。



「……ほな、俺がリビングで寝るから、はいじ(仮)は俺の部屋で、」
「ソファもーらいっ!」



ぼすん。

言うが早いか、ソファに勢いよく飛び込んだはいじ(仮)。
うつ伏せの状態で、ばた足を始めた。
勿論、右手にはスプーン、左手にはアイスが握られていたが、ソファにつかないよう、零さないように上手く掲げられている。



「くららー。毛布と掛け布団貸してよ!めっちゃくちゃあったかいやつね!!」
「いや、でも」
「あと十秒で寝落ちします」
「はぁ!?」
「おやすみー」



そう言った数秒後、本当に寝息が聞こえてきて、俺は慌てて掛け布団を取りに行った。

その最中、彼女の寝顔を思い出して、なんだか少しだけ気恥ずかしい思いになる。
あまり良く見ていないけれど、彼女の寝顔は、ただただ可愛かったと思う。
起きて口を開いている時よりもずっと。
布団を掛けに戻ったら、今度はもう少し見させてもらおう。
布団を貸してやったお礼だということにして。

軽い足取りで布団を取りに向かう俺は、この後、少しばかり葛藤することになろうとは、露ほども思いはしないのだ。
彼女の顔に触れてみたいなんて欲望と、闘うことになるなんて。