02 君の名前をおしえてください。


「で、」
「ん?」



あの後、ベッドから引きずり落としても起きようとしない彼女。
腹を踏みつけてやれば、潰れたカエルのような声を出した。
彼女には、聞きたいことが山ほどある。
なんで、俺の部屋にいたのか、とか。
どうやって、家に入ったのか、とか。
そもそも、君は誰なのか、とか。
本当に沢山ある。
けれど、最初に聞いておかなければいけないのは、



「まずは、名前を聞いてもええかな」
「うん。でも、」
「でも?」
「聞いてもいいけど、答えないよ!」
「なんでっ!?」



なにこの子。
自由過ぎて怖い。
そしてなにより、面倒臭い。
もう帰ってもええかな。
あ、ここ俺ん家や。



「好きに呼べば良いよ」
「…………え?」
「ん?」
「いやいやいや!ノーヒントって!好きに呼ばせるにしても、名前は必要やろ!?」
「外見的特徴から、あだ名でもつければいいじゃない」



無茶苦茶やな、この子。
自分が外見的特徴に乏しいことをよく理解していないらしい。
何度も言うが、彼女は普通だ。
特に変わった髪型をしているわけでもなければ、服装も普通。
顔だって、それなりに可愛いけれど、彼女より可愛い女の子なんていくらでもいる。
可もなく不可もなく、な彼女にどんなあだ名をつけろと言うんだろう。



「私から名乗るつもりはないよ。君が思い出さなきゃ意味が無いもの」



『思い出す』。
一体、何を?
俺が何を忘れていると言うんだろう。
生憎、記憶喪失になった過去なんて、俺にはない。
記憶にも残らないくらい幼い頃に会ったのだろうか。



「でもまぁ、ヒントをあげるとしたら、」



一度言葉を区切って、正面を向いて座り直す彼女。
彼女が何故、ヒントを出してまで名乗りたくないのかは分からない。
どうして彼女は、そうまでして俺に『思い出させ』たいんだろう。



「私は君の事を、『くらら』と呼んでいたよ」



『呼んでいた』。
彼女はそう言った。
やっぱり、俺を知っているらしい。
けれど、俺はそんな風に呼ばれた覚えなんか、やっぱりなくて。
彼女の話が本当なら、俺は彼女のことをどう呼んでいたんだろう。



「なら俺は、」



『くらら』なんて呼び方を懐かしく思ったわけではないけれど、不思議と不快には感じなかった。



「『はいじ』って呼んだらええんかな」



俺が『くらら』なら、君は『はいじ』で。

別に『はいじ』じゃなくても良かったかもしれない。
『はいじ』じゃなくて、ペーターやヨーゼフ、ユキちゃん、更にはロッテンマイヤーさんでも良かった。
なんだって良かったけれど、何故だか彼女は『はいじ』だと思った。



「君がそう思うなら、それが正解さ」



僅かに目を見開いた後、そう言ってどこか悲しそうに笑う彼女は、平凡なのに非凡で。
一瞬だけ、視界がクリアになったような。
それでいて殆ど色の無い、明暗だけで表現されたような世界を見たような。
そんな、僅かな既視感を覚えた。

あれ。
この子、誰かに似て、る…?