14 ごめんなさい、いとしいひと。


蔵ノ介が、私の事を好きだと言った。
あの日と同じ顔で。
あの日と同じ声で。

私が初めて彼に好きだと言われた日と、何もかもが似ている。
けれどどうしたって、似ているだけ。
彼は、最初の私が愛した彼ではないし、私が探した最初の彼でもない。
記憶が無いというのは、そういう事だ。
記憶がある人間だって、時として変わってしまうというのに、記憶の無い人間がどうして変わらずいられようか。
彼は、彼であって、彼ではない。



「……あ、はは…な、にをいってるの、くらら。そういう冗談は、好きじゃ、な……」



違う。本当は分かっているんだ。
彼は至って真剣で、それを茶化してはいけない事くらい。
けれど、そうでもしなければ、私の方がおかしくなってしまいそうで。
最初の彼と、今の彼、今までの彼がすべて綯交ぜになる。
逃げ出したい。
でも、できない。
彼の目が、逃げる事を許してくれない。



「……、ご、めん……」



からからに乾いた喉から絞り出した声は、少し掠れているような気さえしたけれど、どうにか音になった。
この声は、彼に聞こえたのだろうか。

ああ、だめだ。
何度繰り返したって、慣れる事なんて無い。
この後、彼がどんな顔をするかなんて何度も見てきたというのに。
そうした先が、どうだなんて簡単に想像できるのに。
今までの私と、今回の私、全部引っ括めて、『ごめん』の一言がこんなにも、辛い。



「……一応、理由聞いてもええ、か?」
「………ずっと昔に、愛した人がいる、の」
「……むか、し…?」



遠い昔。
もうどれだけ昔の事だったか、正確には忘れてしまったけど。
それでも私は、彼を愛していた。



「なら、今は…?」
「今でも、彼を忘れた事はないわ。私は、彼の為に生きているんだから」



最初の私が守れなかった彼の為に。

何度も繰り返す生の中で、記憶を取り戻して以来、彼を忘れた事は一度としてない。
勿論、私自身の罪も。



「こんな事をしても、誰も幸せになれない事は分かってる。それでも私は、あの約束を守らなきゃいけない。あれは、私にとって初めての約束だから」



これは、罰だ。
あの日、私が守れなかった約束に対する罰。
『もう一度』を望んでしまった罰。
昔、名も知らない誰かが言っていた。
魔王は、周りを巻き込まずには生きられない。魔王の存在こそが罪なのだ、と。
それを否定してくれた救世主は、もう居ない。
救世主とそっくりな目の前の彼も、傍観者となるしかなかったあの少年も、私がこの欠陥だらけのループに巻き込んでしまった。
魔王であった、この私が。



「……なまえは、ほんまにそいつの事が好きなんか?」



疑問形であるはずなのに、有無を言わせない強い口調は、やはりいつかの救世主を思い出させる。
あの時の彼もまた、こんな風に苛立ちを隠しきれてはいなかった。
やり場のない苛立ち。
明確な誰かに向ける事も出来ず、ただただ彷徨う憤り。
それに気づきながらも、見て見ぬふりをする私は、つくづく薄情な人間だ。
今も、昔も。



「……好きよ。彼が居なければ、私が愛を知ることだってなかったんだから」



ごめんなさい。
本当の事が伝えられたら、どれだけ楽か。
今の君が、最初の君でなくとも、今の私が恋をしたのは、間違いなく目の前の君なのに。
今の私は、今の君の為に生きたいと願うのに。
君が彼でないように、私もあの頃の私ではないから。
だから私は何度だって、こうして君を好きになる。


この時の私は、今回も繰り返してるなんてこと、これっぽっちも気づきもしなかったんだ。