13 すきなんだよ、いとしいひと。


最近、思う。
彼女は、俺の気持ちに気づいているのではないだろうか。
俺自身、自分がこんなにも分かり易い奴だとは思わなかった。
もうちょい隠せると思っとった。



「……なんなんですか、蔵ノ介くん」
「ん?」
「……ん?じゃないよ。そんなに、このどでかプリンが食べたいのか」



違う、そうじゃない。

風呂上がりの彼女は今、ぷっちんぷりんの三倍くらいありそうなプリンを、なぜか俺の部屋で頬張っている。
もう、こんな光景にも慣れてしまった。
いや、今では彼女と少しでも一緒にいられるこの時間が、この空間がとても大切になっている。
恋とは恐ろしい。
一度自覚してしまえば、それは留まる所を知らないのだから。

それにしても、や。
なんなん、そのプリン。
カラメル入っとらんやん。



「いや、プリンは…」
「嫌だよ、あげないよ。戦利品なんだよ、これは。光にトランプで勝ったんだ。二人ババ抜きだったんだよ!」
「やっぱり仲良しか、自分ら」



先日、財前に相談した時の事を思い出す。
あの時俺は、この言葉無理やり頭の中から追いやったというのに、今日はすんなりと口から飛び出した。
でも結局は、いい気分などしなくて落ち込む。
恋をして一喜一憂とは、このことか。

溜め息を一つ吐き、それまでの自分の気持ちを隠すようにして、話を逸らす。



「よう財前が付き合ってくれたな」
「白玉ぜんざいで釣った」
「あ、ああ……」



容易に想像できる。
口では、仕方がないなんて言いながらも、財前の顔は嬉しそうだったに違いない。
まったく可愛い後輩である。

ふと、隣に座る彼女を見ると、思ったよりも近かった。
こんなに近いのは、初日に彼女が眠ってしまった時以来かも知れない。
思えばなまえはいつも、俺に対して少し距離を置いている。
気持ち的な事は勿論、物理的にも。
それは恐らく、彼女が俺の気持ちに気がついているからだと、俺は思っている。
それでも俺は、もっとなまえの傍にいたい。
彼女に触れてみたいとも思うし、恋人と呼ばれる関係の男女がするような事を彼女としてみたいとも思う。

財前が言っていた事が本当なら、と思うが俺自身、彼女に好かれている自信はある。
いや、なまえは確実に俺の事が好きや。
でも、それが本当に俺なのかといえば、何処か違う気がする。
彼女が見ているのは、俺ではない誰かな気がしてならない。
相変わらず、彼女の気持ちが分からないという事が、もどかしくて仕方がない。
恋とはなんと、難儀なことか。



「なまえ」



ふと意味もなく彼女の名前を呟けば、何かを察したかのように立ち上がるなまえ。
嗚呼、彼女にはどうしたって分かってしまうらしい。
俺がこれから先、言おうと一瞬だけ頭を過ぎってしまった言葉に、彼女は気づいてしまったんだ。

立ち上がったなまえは、いつの間にか空になっていたプリンのカップを持って口を開く。
俺の方を見ずに。



「そろそろ寝るよ。今日は疲れてしまったから」
「…好きや」



逃がしはしない。
けれど、答えもいらない。
いや、きっと彼女なら、ちゃんと答えてくれる。
それがどんな答えだろうと。
だから俺は、ドアノブに手を伸ばそうとする彼女の腕を掴むことはしないが、彼女がこの部屋を出る前に、言ってしまうんだ。
心の準備なんかさせてやらない。
そんなことをすればきっと彼女は、逃げてしまう。

さぁ、なまえ。
どうするんや?
もう、逃げれんやろ。



「すまん、好きなんや」



留めの一撃とばかりに『好き』を繰り返す。
彼女の泣きそうに歪んだ顔を見て、思わず謝らずにはいられなかったが、それでも『好き』なのだから仕方ない。

俺はもう逃げへんから。
せやから、なまえもちゃんと俺を見てや。


この時の俺は、彼女が手の届かない所に行ってしまうなんてこと、微塵も考えんかったんや。