「…はぁ。それで、俺にどないしろっって言うんすか」
「まずは、それを一緒に考えるところから」
「嫌や」



どうにも困ったことになってしまった
どうやら俺は、恋をしてしまったらしい。
これが初恋というわけではないいけれど、こんなにも釈然としない恋は初めてだ。



「そもそも、なまえさんには振られたんでしょ、部長」
「うﾞっ」
「あの人、頑固っすよ」



そうなのだ。
俺は、告白する前から、彼女に振られていたりする。
どうやら、彼女には『大切な人』がいるらしく、それが俺でない限り、俺の失恋はほぼ確定だ。
諦めるにも、気付いたばかりの恋では、未練が残る。
兎にも角にも、この先俺はどうしたらいいのだろうと、彼女とよく一緒に居るあの後輩に相談してみることにした。



「なぁ、財前。なまえはなんで、あないな事、言ったんやろう？」
「……さぁ」



考えてみれば、俺がなまえを好きになったところで、彼女自身にはさして影響はない筈だ。
ましてや、彼女の想い人なら尚更。
何が彼女の大切な人を苦しめるというのか。
報われないのも、苦しのも、俺の方だ。
初恋でなくとも、恋は叶い難い。



「訳があるんと、ちゃいます…？」



どんな？

そう喉まで出かかった言葉を無意識に飲み込んだ。
なぜ飲み込んだのかは、俺自身分からなかったが、なんとなく、これは言ってはいけない気がした。
何より、目の前の後輩に問うたところで、返ってくる答えが彼女の答え、というわけではないのだから。
そうして、自分で自分を誤魔化す。
俺よりも、財前の方が彼女と仲が良いだとか、俺には無い『何か』を財前は持っている気がするだとか、そんな事には気が付かないふりをして。



「なまえは、俺の事嫌いなんかな」



嗚呼、俺は何をやっているのだろう。
今俺は、自分で言って、自分で傷ついた。
なんとも間抜けな話である。
第一、嫌われている訳がない、と思う。
彼女の事だから、こんな回りくどい言い方ではなく、もっとストレートに、けれどやんわりと、嫌いなら嫌いと伝えてくる筈だ。
根拠はないけれど、変な自信だけはある。
なまえが来てから、俺も少なからず変わった。



「……思ってもない事、言わんといて下さい」



ぐるぐると一人で考え込んでいると、財前が静かに、けれどはっきりと聞こえる声でそう言った。
あ、れ？怒っと、る？
顔を見なくても分かる程、財前の発した声には、静かな怒気が含まれていた。
けれど、なぜ怒っているのかは分からない。
顔を上げればやはりそこには、眉間に皺を寄せた財前がいる。



「あの人のことなんて、正直どうでもええっすわ。あの人が部長にどう思われようが、関係ない」
「…ざい、ぜ……？」
「けど、今までの全部が無駄みたいな、俺らの全部を否定するような事は、言わんといて下さい」



相変わらず財前の眉間には皺が寄っている。
けれど、さっきまでとは明らかに違う。
怒りだけでなく、どうにも泣き出してしまいそうな、焦りと寂しさと、よく分からない何かが混ざった顔をしている。
こんな財前は初めてで、思わず息を止めてしまった。



「あの人の味方するわけやないですけど」



少しずつ表情を落ち着かせながら、財前が言う。
いつもの、俺のよく知る財前が戻ってくる。



「あの人はきっと、部長とだけは付き合いません」



彼女は、頑固だから。
そんなことは、俺だって分かってる。
それでも俺は、彼女のことを簡単には諦められない。
自分でも不思議なくらい、彼女に惹かれてしまっている。
俺も、彼女と同じくらい頑固だ。



「でも、あの人が好きになるんも、部長だけっすわ」



なぁ、財前。
間抜けな俺には、お前のその言葉の意味は全く分からんけど、それでも、最後の言葉だけは本当ならええのにと思うんや。


俺に足りない『何か』は、彼女であればいいのに。
よく分からないけど、何故だかそう思った。

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