10 届かないなんて、わかってる。


最近、彼の様子がおかしい。
話していると突然、そわそわし始める。
やけに、ぼーっとしていて、何度呼んでも返事がない事もある。
本人に直接聞いたけれど、体調が悪いわけでもないらしい。
まぁ、普段あれだけ健康がどうのと言っておいて体調不良なんて、恥ずかしいことこの上ないが。



「なら、どうしたって言うのさ」
「せやから、普通やって」
「明らかにおかしいから、わざわざ聞いてるんだよ」



これが普通だと言うなら、今までの君はなんだったのか。
あれが演技か。演技なのか、あれ。



「私には、君という人間が分からなくなる一方だよ」
「せやから、普通やって」
「……そうやって私の話をちゃんと聞いていない事が、既におかしいと言っているんだよ」



本当にどうしてしまったのだろう。
普段の彼なら、ちゃんと人の話は聞くし、まともな返しがあるはずなのに。
ここ数日の彼は、本当におかしい。
彼のご両親はもちろん、忍足くん達テニス部の面々も彼が心配な様子だ。
まあ、お姉さんにその話をしたら、放って置けばそのうち元に戻ると言われたが。



「蔵ノ介、」
「っ」
「?…蔵ノ介?」



え、なに、この反応。
私、名前を呼んだだけなんだけど。
それ以外、何もしてないよ?
……ああ、そういうことか。



「ははーん」
「ちゃう!ちゃうで!?」
「何が違うのさ」
「いや、あの…別に、名前で呼ばれたからとかやなくてっ!」
「へぇ、名前ねぇ」
「せやから、ちがっ」
「分かった分かった」



なんとなく、全て繋がってしまった。
彼が、私が呼んだ彼の名前に反応した理由も。
真っ赤になって、必死に否定する理由も。
彼が最近、呆けていた理由も。
全部、たった一つの理由から。



「やっぱり、繰り返してしまうんだね」



彼と私が辿るルートは、どんな始まりであっても、終わりは同じ。
どれだけ違う道を選ぼうと、決まって同じ結果にたどり着く。
もう何度繰り返したか分からないそれは、私が望むものでは決してなくて。
けれど、簡単に諦めきれるものではないこともまた事実。

そうして私はまた、一人抗うことを決意する。
それが、単なる悪足掻きと分かっていても。