08 この既視感の正体は何ですか。


「そんなの聞いてない」
「寝とったからな、はいじ(仮)」



はいじ(仮)が我が家にやって来て、早2週間。
かなりマイペースな彼女は、転入3日目でクラスに溶け込んでいた。
いや、むしろ溶け込み過ぎて存在感が薄い。
某バスケ漫画主人公よろしく、突然現れる事もしばしば。
そんな彼女も、家ではおかんを手伝ったり、姉ちゃんに媚びを売ったりと忙しそうや。

そんなある日、ふと暇を持て余した彼女は、俺の部屋でゴロゴロしていた。
何故、自分の部屋じゃない。
ちなみに彼女の部屋には、普段使わない客間が宛てがわれた。
断じて、ここじゃない。
まぁ、こういう事は度々あるし、ファーストコンタクトがああだっただけに、さほど驚きはない。
けれどふと思い出したのは、明日提出の課題があった筈だという事。
そして、冒頭に戻る。

課題が出された時に居眠りをしていたはいじ(仮)が、知っているはずもない。



「で、なんでここでやっとるん?」
「分からない所は、すぐ聞けるように」



課題と聞いて自室に戻ったかと思いきや、教科書やらノートやらを持ってまた現れた彼女。
一人でやれよ、と言いそうになったものの、黙ってローテーブルにノートを広げる彼女を見て、その真面目さに免じて付き合ってやることにした。
この2週間で思ったのは、面倒くさがりで時たま自分勝手な言動をする彼女だが、根は真面目で他人が嫌がることは絶対にしない、まぁ、要するに普通にいい子だという事だ。



「……くららってさ」
「ん?」
「…………なんでもないっ!」



ふと、ノートに走らせるペンを止めて、はいじ(仮)が呟いた。
それに反応して顔を上げるも、なんでもないと勉強に戻られては、それ以上追求することもできない。
多少気になりはするものの、彼女がそういうのであれば、なんでもないのだろう。

黙って彼女の勉強に付き合っていると、次第に問題を解くスピードが落ちてきた。
集中力が切れてきたんやろか。
心なしか、間違いも増えてきた。
この子やったら、間違える問題ちゃうと思うんやけど。



「はいじ(仮)。そこ間違っとる」
「…………うん」
「はいじ(仮)?」



だめだ、これは。
明らかに集中できていない。
何かあったのだろうか。

もう一度声をかけると、彼女は勢いよく顔を上げた。
心なしか睨まれている気がするのは、気のせいだろうか。
思ってもみない彼女の雰囲気に、若干怯んでしまう。



「それだよ、それっ!」
「え。ど、どれ?」
「なんで名前で呼ばないの!?」



………名前?



「まぁ、別に…どっちでもいいんだけど、さ」



そう言った彼女は、再びペンを握ってノートに向かう。
けれど、俯く直前に見た彼女の頬は確かに朱くなっていて。

嗚呼。そういうことか。



「なぁ、はいじ(仮)」
「…………なに」



自分の発言に対する恥ずかしさを誤魔化す為に、勉強に取り掛かろうとする彼女は、全く集中出来ていない。
だって、握ったペンが一向に動かない。

そんな彼女に俺から提案。



「俺がはいじ(仮)のこと名前で呼んだら、はいじ(仮)も俺のこと名前で呼ぶんやで?」
「………呼んでるじゃない」
「あかん。『蔵ノ介』や」



彼女だって、会ってから一度も俺の名前を呼んでいない。
財前の事は名前呼びだったのに。
けれど今は、そんな事を気にしている場合ではない。

ただ、彼女に名前で呼んでもらう事が重要で。
ただそれだけで、満たされるような気がして。



「な?なまえ」



そうして呼んだ彼女の名前は、俺の中ですとんと落ちてきた。
どこか懐かしいこの感覚。
彼女と出会ってから、何度目のデジャヴだろう。