財前くんに、好きだと言われた。
それだけだった。
付き合ってくれと言われるでもなく、お前はどうだと言われるでもなく。
ただ一言、帰るで。と言われた。
ある日の帰り道の事だった。

あれから数日、私の頭はそのことでいっぱいだ。
対する財前くんは、今までと変わることなくけろっとしている。
朝は普通に挨拶だってするし、教科書を忘れた私に机をくっつけて見せてくれたりもした。
教科書がなくてもなんとかなる授業だって、知らないわけではないのに。
でもそれは、告白の返事を急かすものだったり、私に少しでも良い印象を残すために突然始められたものではなくて、以前と全く変わらない財前くんだった。

どうして、そんなに普通にしていられるのだろう。
私も人のことは言えないとは思うけど、財前くん程ではないと自負している。
彼にとっては、割とどうでもいい事なのだろうか。
実は、冗談だったりするのだろうか。
こんなにも悩むのは、無駄なのだろうか。



「あ、財前くん」

「…はよ」

「……おはよ」



嗚呼。今日もまた、悶々とした一日が始まるのか。
そもそも、財前くんは本当に私のことが好きなのだろうか。
勘違いとか、勘違いとか、勘違いなんじゃないだろうか。
そう、きっと勘違いだ!



「みょうじ」

「は、い!?」

「………この前のことやけど」

「え!?う、うんっ」



今まで黙っていた財前くんに突然呼ばれれば、誰だって驚くだろう。
ましてや、今私の意識は、隣にいる財前くん以外の事に向いていた。
吃らない方がおかしい。
私の反応は、正常だ。
変に意識しているわけじゃない。

……やっぱりダメだ。
見て見ぬフリはもうできないと、自分自身でそう思ったはずなのに。
どうして私は、逃げようとしているのだろう。



「あれから、俺も考えた」

「え、な、なにを?」

「どんだけ思い出したって、お前にドキドキなんてした事あらへん」


一回も、な。



つきん。
一回も。の部分がいやに強調されたような気がして、また胸が締めつけられる。
私だって同じなのに。
私だって、財前くんにドキドキしたことなんてないのに。
なんで、ちょっと傷ついてるの。
やっぱりそうなんじゃない。
だって、それしかないでしょう?



「でも、みょうじの隣は落ち着くし、気が付くといつもみょうじを見とる」



今まで、一度も考えなかったわけじゃない。
財前くんに彼女ができた時のこと。
モテる財前くんなら、いつ彼女ができたっておかしくはない。
もし、彼女ができたら、彼はその子のことをいつも目で追いかけるんだろうかとか、私は彼の隣には居れなくなるんだろうとか。
そんな事を考えたあとは、決まって嫌な気分になった。



「俺の隣にみょうじ以外が居るなんて想像できへんし、みょうじの隣に居る誰かのせいで、俺がそこを追いやられるんはムカつくんや」



財前くんの真っ直ぐな目は、じっと私を見据えている。
私は最初、この目に惹かれたんだ。
そして、財前くんという人間に惹かれて、恋じゃないと否定して。
それでも、やっぱり、



「これは、そういう事なんやろ?」



彼も私も、本当は知っている。
この感情の名前を。
二人揃って見て見ぬフリをした、この感情の名前を。



「みょうじが好きや」



一瞬、外界の音が全て遮断されたような感覚に陥って、自分の心臓の音が大きく聞こえる。
いつもどおりだ。
でも、前からこんな感じだったっけ?
ちょっと早めの心臓の音は、すぐ隣の彼にも聞こえてしまうんじゃないかってくらいに大きく聞こえる。

好きだと言うなり前を向いてしまった財前くん。
私から見える彼の横顔は、いつもよりほんのり血色が良くて。
真っ赤なピアスには負けるけれど、それをつけた彼の耳も赤かった。



嗚呼。
彼がしているのは、私なんだ。





そんな貴方を、私はしている。

えんど。