夏の夕暮れ。
時折紫色に染まるこの空は、見慣れた風景を非日常的なものにしてくれる気がする。
それと同時に、感傷的にもしてくれるものだから、困った。

最近、暇さえあれば、決まって考える事がある。
友達に言われたという事もあるけれど、今まで見て見ぬフリをしてきた蓋然的感情について、考える。
そろそろ結論を出すべきか、とも思うが、数学や物理の問題のように答えが決まっているのなら、とっくに出している。
すぐそこまで出かかっている筈の結論は、どうにもはっきりとしない。
私は、彼の事が好きなのだろうか。



「…みょうじ?」

「…あ、」



帰り道、後ろから声を掛けられ振り返れば、そこには財前くんがいた。
昼間、教室で見た彼よりも、幾分か疲れて見えるのは、彼がちゃんと部活に参加していた証拠だろう。
そんな財前くんは、目が合うなり顔を顰めた。
ちょっとちょっと。
流石に失礼やないの、財前さん。
普通の女の子なら、好きな相手にこんな反応をされれば、傷付いたり落ち込んだりするのだろうか。
生憎私は、そうはならない。
だから分からないんだ。
私は本当に、財前くんの事が好きなのだろうか。



「一緒に帰ろか、財前くん」

「……ん」



きっと、この前の夜みたいに、こんな時間まで何をという顔だと勝手に納得して、何か言われる前にこっちから誘ってみる。
正直なところ、一人で考えたい気持ちも無きにしもあらず、というかあるんだけれど、つんでれな財前くんはきっとまた、遠回しに送ってくれようとするだろうから。
そして、頑固な財前くんは、きっと譲らないだろうから。
何か言いたげにした財前くんは、それを諦めたように短い返事をした。

正直なところ、こうして財前くんと二人きりになったとしても、私の心臓がその鼓動を早めることはない。
一貫して、平常時と変わらない。
けれど、触れた指先が熱を持ったり、隣にいるだけで落ち着いたり、恋に似た不確定な何かを覚えることも確かで。
ドキドキなんて可愛いものはしないけど、胸は締めつけられるようにきゅうっとなったりするものだから、ますます分からない。




「財前くんは、恋したことあるん?」



お互い黙って歩き続け、どれくらい経っただろう。
私が口にした話題は、唐突すぎるほどに唐突だった。
流石に財前くんも目を丸くしている。



「………なんや、いきなり」

「………いや、ちょっと気になって」



驚きながらも家路を行く足は止めない。
嗚呼、私は何を訊いているのだろう。
なんだと言われても、そうとしか答えられない。
だって、財前くんに対するこの気持ちが何なのか確かめたいだなんて、言えるはずがないもの。
でも、ちょっとなら。
財前くんに対するってところを隠してしまえば、バレないかな?
……言ってしまおうか。
嗚呼、ここに来て私の鼓動は早くなるのか。
やっぱりこれは、恋なのだろうか。



「恋をしたら、」

「…ん」

「普通は、相手の一挙一動に振り回されたりするやんな?」

「…………せやな」

「普通はドキドキするやんな?」

「…………せやな」

「でも、ドキドキせん場合は…こ、恋と違うん、かな?」



違うのかな?
違うと言われたら、どうしよう。
…あれ?どうしようってなんだ。
違うなら違うで、いいはずなのに。
財前くんに違うと言われたら、見て見ぬフリを続けようだなんて。
そんな風に思ってしまうなんて、やっぱり私は、



「それでも、恋やと思うんやろ?」



いつの間にか止まっていた足は、ピクリとも動かなくなってしまっていた。
向き合った財前くんの両の目は、今まで無いくらいにじっと私を捉えている。
逃げられない。
それは、真っ直ぐな彼の目からか、はたまた、彼が返した答え故か。
心は今すぐこの場から立ち去れと言うのに、頭は最後まで聞いていけと言う。
どうしたらいいの。



「俺、みょうじが好きや。たぶん」



もう、見て見ぬフリはできない。
嗚呼。
彼の左耳できらりと光る真っ赤なピアスが、今まで以上に綺麗だ。



こんな世界を染めたのは、始まりの赤ではなく、終わりのだった。





このすみれ色と一緒に、私の夏はもうすぐ終わる。

夏の終わりの帰り道。