私は昔から、嫌いなものは少しずつ食べるタイプだった。
あわよくば、他の誰かが代わってくれないかと期待して。
決して無理矢理押し付ける訳ではない。
それを好きだという誰かにあげるのであって、無理に消費させようなんて事はしていない。
この淡い期待は裏切られる事も少なくなく、きちんと自分で消費する事だってあるくらい。
そしてそんな時のために、好きなものを一つ、口直しに残しておく事も忘れない。
それなのに、



「どうしてこうなった」



今、私の目の前には、十数個はあろう飴玉が広げられている。
これが全部甘くて美味しいいちごミルクであれば、どれだけ幸せだったことだろう。
現実は、私が思うほど、いちごミルクのようには甘くなく、



「全部レモン…」



すっぱい。すっぱ過ぎる。
この量の飴玉が全部レモン味だなんて。
食べる所を想像するだけで、体中の水分が唾液として分泌されそうな勢いだ。



「うーん。どないしよ」



これが普通のレモン味の飴玉なら、ここまで悩む事はなかったろう。
なにしろこの飴玉、溶けかけている。
賞味期限は切れていないようだが、正直いつ鞄に入れたのか覚えていなかったりする。
これは、一刻も早く食べ切らなくては。
捨てるの勿体無い。うん。

けれど、一度にこれだけのレモン味を食べ切れる筈もなく、どうしたものかと考える。
そうして、ふと視界に入ったのは、隣で机に突っ伏して居眠りをする財前くんだった。
ちなみに、今は授業中なので、財前くんも私も、教科書を立ててカモフラ中。
とはいえ、こんな漫画みたいな事をしている方が怪しまれるとは、思うけど。
まぁ、それ程大きくはない私に関しては、前に座るクラスで一番大きい男子の影に隠れてしまっているから、カモフラなんて殆ど意味を成さない。雰囲気だ。
この授業は、先生の雑談が多い上に午後一という事もあって、居眠りする生徒も少なくない。
勿論、財前くんもその一人。



「おーい、財前くん?起きませんかー?」

「…………んぅ……」



一応、先生には気付かれないように、小声で呼び掛けてみる。
その呼び掛けに反応するように、僅かに眉間に皺を寄せ、小さく唸る財前くん。
え。何この子。色気ハンパない。
よく見ると、僅かに汗で湿った財前くんの髪が、彼の頬に張り付いている。
冷房、入ってる筈なのに。
いや、それよりもこの彼のエロさは何なのだろう。
ああ。世のお姉様方は、これに騙されているのか。なるほど。



「……起きないなら、仕方ない」



私はそう一言呟いて、机の上に出しっぱなしにしてあった蛍光ペンを掴んだ。
そして、財前くんの眉間にぶすっと。
そのままぐりぐりと、キャップをしたペン先を押し付けてやれば、財前くんの眉間の皺が通常の5割増に。
これは絶対に起きたやろ。
そんなに力は入れてへんけど、財前くんなら起きる筈や。
起きろ起きろ。そして、私に構え。
このすっぱいレモン味の飴ちゃん、あげるから。


かしゃーん。
……………。
何なのこの子。
というか、何が起こったの今。
蛍光ペン、飛んでいきましたけど。
財前くん、目瞑ったままですけど。
いや、分かっとるで。
財前くんが目瞑ったまま、蛍光ペンを叩き落としたんやろ?
全く想像してへんかった訳やないけど、目瞑ったままって。そんな。



「………分かりました。そのまま聞いて下さい」



私がそう言うと、返事をするかのように財前くんの眉が寄せられた。
ただ、それがどういう意味なのかまでは分からないけれど。
それでも、なんだかんだ言って最後には優しい財前くんの事だから、私の話を聞いてくれている筈だ。きっと。



「財前くんって、すっぱいの平気?レモン味なんやけど」

「……………。」

「……じ、実はな?ここに少し溶けかけた飴ちゃんがあるんやけど、私すっぱいのあかんから。………いらん、かな?」



最初こそ変な気合いが入っていた私だけれど、ここまで反応が無いと不安にもなるわけで。
小さな声で話していたにも関わらず、更に小さくなる始末。
ちゃんと財前くんには、通じただろうか。
いつの間にか財前くんから、机の上の黄色い塊に向いていた視線をもう一度彼に戻し、返事を待つことにした。

しかし、どういう事だろう。
さっきまでぴたりと閉じられていた筈の財前くんの目と、ばっちりと視線があった。
予想外の出来事に、心臓がばくばくうるさい。
何これ、どうしよう。目が逸らせない。



「……ん」

「……え?」



心臓もうるさいまま目も逸らせずにいると、突然財前くんの目が閉じられた。
それと同時に彼の口が少し開く。
そして発された声。
何これ何これ何これ。
私にどうしろって言うの、財前くん。



「………はよ、飴入れろ」

「え、あ、はい」



飴、アメ、あめ。
黄色と白で彩られた包装から、飴を取り出し、財前くんの口の中へ。
口の中、くちの中、くちのなか。
溶けかけた黄色い飴玉は、包装紙だけでなく、私の指にもべたべたとくっつく。
普段なら、気持ち悪いだとか、手を汚さないようにだとか考えたのだろうけど、生憎とそんな余裕はなくて。
彼の唇に微かに触れた指先が、じわじわと熱を帯びていくのに戸惑った。


取り敢えずは彼と同じく、黄色い飴玉を口に放り込んでおくことにする。





それから間もなく、隣から黄色いパインアメが飛んできた。

ゆっくりと融けていく、低温な夏の日。