6ばん、たんそ



あ゛ー。
なんで、こんなにダルいんやろ。
三連休で、治った筈やったんやけどなぁ。



「う゛ー……」

「なまえ、どないしたん?」

「……………」



昼休み。
教室は、昼休みを満喫する生徒で騒がしい。
しかし私は、4限終了辺りから、身体が重い。
原因は恐らく、連休前に風邪を引いてしまった所為だ。
計4日間寝込んでいた訳で、完全に治ったと思ったのに。

決定打は、アレやな。
3限目の体育。
はしゃぎ過ぎたわ。



「なぁ、なまえ?」

「……………」



元々、身体は弱い方ではない。
寧ろ、風邪を引く事の方が稀だ。
しかし昔から、一度拗らせると、かなり厄介だった。
そんな事をすっかり忘れて、体育なんて。
ホンマにアホやなぁ。



「なまえちゃーん?」

「……………なに、しらいし」

「大丈夫なん?めっちゃ、顔赤いで?」

「…………ん。今から寝るから、授業始まったら起こして」

「え、ちょ、なまえ!?」



今は、動くんもしんどい。
帰りたいけど、帰られへん。
取り敢えず、寝よ。
寝たら、少しは楽になるかもしれへん。

そんな私は、遠退いていく意識の、何処か端の方で白石の声を聞いていた。
白石がなんか言うとるんは分かるんやけど、よう聞こえへん。
でも、白石の事や。
おかんみたいな事か、へんたいみたいな事しか言ってへんやろ。



「謙也!なまえ、保健室に連れてくわ!後、頼んだ!!」

「は?なまえ、どないしたん」



遠くの方で白石と謙也の声が聞こえた。
かと思えば、腕を引っ張られたり、肩を押されたり。
お蔭で、眠気は多少薄らいだ。
しかし、しんどさから瞼が重い。
目を閉じたままの私には、ちょっとした恐怖だが、目を開けるのも億劫だ。
なんやコレ、新手のいじめか。
病人を押したり、引いたり……忍足やないで。
そんなボケかましとる余裕は、ないんやから。

それにしても、可笑しい。
地に足が着かん。
いや、慣用句やなくて、ホンマに着いてへん気がする。
確実に浮いとるやろ、コレ。
なんか、騒がしい声が聞こえる気もするんやけど。

億劫だが、事実を確認すべく目を開ける。
すると、そこには今まで見た事の無い景色があった。



「……………何処に行くんですか、白石くん」

「保健室」

「このままで?」

「ちょお、黙っとき」



開いたばかりの私の目が、真っ先に捕らえたのは、大きな背中だった。
誰の背中かなんて、匂いで直ぐに分かる。
いや、匂いフェチとか、嗅覚に自信があるとか、そういう事ではなく。
とにかく、白石の匂いだった。

白石が喋ると、その背中から振動が伝わってくる。
心地良い振動だった。
しかし、白石は怒っている。
顔は見えなくても、声の調子や言葉で分かる。

ただ、今は目だけではなく、口を開く事も億劫だ。
謝る事も出来なくて、大人しく目も閉じた。
白石の背中で揺られながら感じたのは、保健室へと向かう白石の歩調が早足だったという事。






次に目を開けた時、最初に見たのは、保健室の天井だった。
保健室まで背負われてくる途中、眠ってしまった挙げ句、ベットに寝かせる事までさせてしまったらしい。
流石に白石相手でも、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。



「あ、起きた。気分、どや?」

「………お陰様でだいぶ楽になりました」

「まったく!病み上がりなんやから、無理したらアカンやろ!?俺がどんだけ心配したと思っとるん!!」

「………すんません。おおきに」



カーテンから顔を覗かせた白石は、私にまだ横になったままでいいと伝える一方で、不満を曝け出した。
謝る私に対して、お説教は続く。
教室で寝たら、余計拗らすとか、風呂上がりの髪は、しっかり乾かしなさいとか。
………ホンマにおかんみたいやな。
頭も痛いから、手短にしてほしいんやけど。



「なまえ」

「…………はい」

「もっと頼って」

「………は、い?」

「一人で頑張られると、余計心配になるわ。それに、寂しいやんか」



真剣な眼をした白石の口から紡がれる言葉は、さっきまでとは少し違った。
どう違うかとか、上手く言葉に出来ないけれど、違う事だけは分かる。
寂しいと言う白石は、本当に寂しそうに笑った。
こんな風に心配してくれるのは、家族以外では白石くらいなんだろうなぁ、なんて思った事は、秘密。
ちょっとだけ、涙腺が緩んだ事も秘密。
きっと、熱の所為だから。



「それにな?俺はなまえしか見てへんのやから、隠しても無駄やで」



そう言って笑う白石は、いつも通りの白石だった。
あぁ、うっかり白石にときめいてしまったなんて、一生言ってやるもんか!
そう心に決めた。

そして、照れ隠しついでに、ふと思った事を訊いてみる。



「そういえば、先生は?」

「出張やって。此処も鍵掛かっててん」

「ほな、どうやって入ったん?」

「俺、保健委員やから」



そう言った白石の左手には、保健室の合鍵が握られている。
保健委員だからといって、合鍵を持っている訳ではないだろう。
そう思った事は、今は言わないでおこう。



病 み 上 が り 注 意 報



「それにしても、今のなまえ、めっちゃエロいなぁ。顔も赤いし、目も潤んどるし、息も荒いし!誘っとるとしか思われへんわ!!!」

「病人相手に何を言うか」

「あ。あかん」

「なに?」

「なまえやなくて、俺の方が元気になりそう」

「ホンマ、勘弁して下さい」