【6】黒い影の手招き


「……ああ……ああ、分かった…それじゃあ、また後で…」



今日中に済ませるべきことを終え、今夜はもうベッドに入ろうかという頃、雑賀先生へ連絡が入った。
相手は、狡噛くんだった。
まだまだ寒い二月の頭の夜だった。



「狡噛くん、来るんですか?」
「ああ…」



彼と話している間の先生は とても難しい顔をしていた。
それは、会話を終えた今でも変わらない。
それどころか、私が話しかけたことで、更に険しくなってしまった。
私のせいだ。
ごめんなさい、先生。



「なまえ、」
「雑賀先生」



分かっている。
先生が言いたいことは、顔を見れば何となく分かる。
先生と私は、今までそういう生活をしてきた。
だから、先生にそれ以上先の言葉を口にして欲しくはなかった。



「どうか、先生のお傍に置いてください。最後まで」



そう言ってしまえば、先生は私を突き放せないということを、私は知っていた。
雑賀先生が、私のたった一つの望みを無下にできないということを。

わたしは、わがままだ。
わがままで、ずるくて、まっくろだ。



「…寝ておきなさい。明日の朝は早い」



すれ違いざま 私の頭を弾んでいった先生の手の感触が、いつまで経っても消えなかった。