【5】夜は 静かに更けてゆく


「雑賀先生」



風呂上がりにリビングでくつろぎ、そろそろ寝室に移ろうかと読んでいた本を閉じる。
その動きに、向かい側で同じように読書に勤しんでいたなまえがゆっくりと顔を上げた。
読書といっても 彼女の場合は、絵本や児童書、写真集や雑誌がほとんどで、字なんてまともに読む気がない。
何度も読み返されたそのハードカバーの児童書は なまえの一番のお気に入りで、表紙は色褪せ 背表紙はところどころ擦り切れているほどだった。



「今日はもう、お休みに?」
「ああ。お前がはしゃぐから、疲れた」



俺と話しながらなまえは、無造作に本を閉じた。
今日は、もう読まないのだろう。
これは どんなに分厚く小難しい本でも同じなのだが、彼女は 一度読んだ本を再び読むとき、殆どの場合でブックマーカーを使わなかった。
そしてなまえは その本をまた最初から読み始めるという、よく分からないことをするのだ。
明日もまた、最初から読み始めるのか、それとも結末だけを読んでしまうのかは知らないが、彼女はそうする事が好きだった。

俺は、なまえの質問に答えながら、少し前に彼女が淹れてくれたコーヒーに口をつける。
それは、随分と冷たくなってしまっていた。



「あら。先生も楽しんでいらしたでしょう?」



確かに、楽しんでいなかったわけじゃない。
久しぶりに 彼女以外の人間と関わることが、面白くて仕方なかった。
なまえとでは、できない話もできた。
決して、彼女に不満があるわけではない。
なまえはよくやってくれているし、彼女との会話がつまらないなんてことは ない。
ただ、いつもとは少し違う今日も、悪くはなかった。



「今日は、楽しかったですね」
「…そうだな」



それでもやはり、こうして彼女と ただ向かい合っている時間の方が、俺は好きだ。