【11】空っぽになった檻


雑賀先生が、分析官として施設から出てこられた。
今また、先生が触れられる距離に居る。
というのも、私は先生よりも一足先に、更生施設を離れたからだ。
けれど今のこの状況は、手放しに喜べるものではなかった。



「怒っていらっしゃいますか、雑賀先生」



先生は昔から、静かに怒る人だった。
決して 怒鳴ることはせず、もとより然程 多くない口数は更に減る。
今もそうだった。



「……何故、そう思う?」
「…先生」
「お前は、俺の機嫌を損ねるようなことをしたのか?」



そうです、先生。
私は、先生がよく思わないだろうということを分かっていながら、この道を選びました。
先生がどれだけ私を大切に、傷つけないようにしてくれていたかを知りながら、この道を選んだんです。
先生が怒るのは、当然でしょう。

言いたいことは 山ほどあるのに、雑賀先生を前にした途端、話そうと決めていた順番がバラバラになる。
こうなることは、全部 分っていた。
この日のシミュレーションを何度したことだろう。
けれど いつだって、肝心な所で思うようにはいかないものだ。

先生はもう、私が言わんとしていることを悟っているだろう。
それでも、私の口から言わなければいけない、とても大切なことだ。
大丈夫、先生はどんな時でも 私の話を聞いてくださった。
返事がない時だって、耳だけは傾けてくれていた。
だから、私は言わなければ。



「雑賀先生。私、執行官になりました」
「……ああ」



更生施設に入ってから一年、私は考えた。
本当に、これ以外に私のできることはなかったのか。
先生が私の願いを叶えてくれたように、私は 先生の望みを一つでも叶えて差し上げることができたのだろうか。
一人で考えたって答えなど見つかるはずもなく、堂々巡りを繰り返しているうちに一年が経っていた。
そうして、施設入所 以前からの予定通り、執行官になる。
そうすれば、未だ檻の中だった雑賀先生に少しでも近づける気がして。



「危険なことだというのは、重々承知しています。明日の今頃は、とっくに死んでいるかもしれない。それでも、先生のいない檻の中で腐っていくより、よっぽどマシなんです」



執行官になったことを伝えられなかったのは、手紙や人伝てではなく自分の口で言いたかったというのもあるけれど、一番の要因は 私が意気地なしだったということ。
私は、雑賀先生に拒絶されることを恐れている。
それはずっと以前から感じていたことだが、先生と離れることで より実感した。
施設で過ごした一年は、これまでで一番 生きている心地がしなかったのだ。
ただ息を吸って 吐いてを繰り返し、毎日 同じ動作をするだけだった。
それは全て、雑賀先生がいないから。
どうやら私の世界は、いつの間にか 先生なしでは何一つ面白みのないものに なってしまっていたらしい。

だから 先生、どうか許してください。
もう一度、貴方の傍で生きる事を。