「昨日、告られてん」



バッコーン

とっても良い音がした。
実に清々しい音だった。

何の音かって?
そんなの決まってる。
私が丸めたノートで、白石の頭を勢い良く叩いた音だ。
それしかない。
それ以外に何があると言うのか。

あぁ、音は文句無しだったけれど、白石がムカつく。
腹立たしい事この上ない。
何が嬉しくて、朝からこの男の自慢話を聞かなくてはならないのか。
『昨日、告られてん』?
やかましい、爆発してしまえ。
貴様がモテるのなんて、誰もが知っている。
こんな奴の何が良いのやら。



「…ったー!?何するん、自分!?」

「黙れ、変態」

「酷い!」



顔を両手で隠しながら、泣いたフリをする白石。
まるで、出来損ないの悲劇のヒロインだ。
可哀想だなんて気持ちは、全くない。
ただ、ウザいだけ。



「………なぁ、白石。」

「なんや?」



私が呼び掛けると、白石は何事もなかったようにケロッとした調子で返事をした。
めっちゃ笑顔の白石。
あぁ、腹立たしい。
私はこんなにもイライラしているというのに。



「私な?イライラしてんねん。そんな時に他人の自慢話聞いて、普通に返せると思うか?」

「何でイライラしとん?」

「うっさい。自分で考えろ、変態」



白石に対しては、ああいったものの、自分でもよく分からない。
何故、こんなにも胃の辺りがムカムカするのだろうか。
こうなったのは、いつからだったろう。
昨日の夕飯の頃には、もうこうなっていた気がする。



「ふーん?まぁええわ。でな?相手、誰だったと思う?」

「………知らん」



再び自分の話に戻す白石。
どうせ何を言っても面倒臭いだけなので、適当に躱しておく。
本当に面倒な男だ。

あ、思い出した。
昨日の帰りからだった気がする。
周りが見えなくなるくらいイライラしてて、危うく車に轢かれるところだったんだ。
でも、何故?



「んー、ヒントはなぁ?……4組や!」

「…………」

「えー、まだ分からへん?ほななぁ……」

「ホンマ、黙っててくれへん?今、思い出しそうやねん」

「え、分かったん!?誰々!?」

「知らん、言うてるやろ。そっちちゃうわ、アホ」

「えー?………まぁ、しゃあないな。正解は、4組の佐々木さんや!!」



佐々木さん。
四天宝寺のマドンナとか呼ばれてたり、呼ばれてなかったりっていう、あの子か。
男子からは、かなり人気らしい。



「ふーん、あのふわっふわした子な」



あ、れ?
佐々木さんといえば、昨日の帰りに見た気がする。
何処でだっけ。



「羨ましいやろ!マドンナに告白されたんやで!?なまえ、可愛い子好きやろ!!」



あぁ、そうだ。
昨日は、ケータイを教室に忘れて、取りに戻ったんだった。
そしたら、佐々木さんがウチのクラスに居たんだ。
でも、何故?
佐々木さんは、このクラスの生徒じゃない。
どうして、ウチのクラスに居た?



「アホ。佐々木さんはタイプやないわ。私は、松山さん派や」



いくら私が、可愛い子が好きだと言っても、誰でもいい訳じゃない。
茶髪でちょっとお嬢様っぽい佐々木さんより、長い黒髪で妹キャラの松山さんの方が、断然可愛い。
それに佐々木さんは、良くない噂も聞く。
他人の彼氏とったとか。
7股掛けてたとか。
おかげで、女子からは別の意味でモテモテだとか。
まぁ、私には関係ないんだけど。

あぁ、そうだ。
佐々木さんは、白石に告白してたんだ。
それを見てしまってから、私の調子が可笑しいのだ。



「あー、松山さんかぁ。松山さんも可愛いけどなぁ。んー、まぁ、なぁ……」

「んで?そんなに興奮して、相手の名前まで言うてしまうくらいなんやから、付き合ったんやろ?」



松山さんについて考え始める白石。
こんな話は、付き合ったからこその惚気だと判断した私は、気が済めば他の所に行くだろうと、続きを促した。
コイツの相手は、かなり疲れる。
さっさと終わらせてしまいたい。

すると、白石はきょとんとした顔でこちらを見ていた。
まるで、どうしたらそうなるのか、という顔をしている。
いや、目の前のコイツは言うだろう。
何でそう思うのか、と。



「何でそう思うん?」



ほら、やっぱり。
白石は、相変わらず訳が分からないといった顔で、首を傾げている。
私の読みは、外れたのだろうか。
だとしたら、白石は何故こんな話を私にしたのだろう。
ただの自慢、ではないと思う。
白石は、喋り掛けてくる謙也を無視して、朝から無駄話をしにやってくるような奴じゃない。
少なくとも、私が知っている白石は、そうだと思う。
じゃあ、何故?



「………付き合ったんやないん?」

「断ったわ。俺、好きな子おるし」

「………じゃあ、何で自慢しに来たん?白石が可愛い子から告白されるんなんか、いつもの事やろ。なんか、面白い事でもあったん?」



違う、と思う。
白石の話は、既に終わっているような気がする。
白石が一番言いたかったのは、『告白された事』だと思う。
じゃあ、目的は?

白石は、よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりの笑顔で口を開こうとする。



「実はな?なまえに妬いて貰おうと思ったんや」

「ぇ、」

「俺、なまえが好きや」



そう言って笑う白石の頬は、ほんのりと朱を帯びていた。
なぁ、妬いた?なんて聞いてくるのは、照れ隠しなのか。
ただ素直に気になるだけなのか。
いや、恐らく両方なのだろう。

あぁ、喉が乾く。
喉がくっついて、喋るどころか、息すらまともに出来ない。
もう、二度と声が出なくなるんじゃないだろうか。
あぁ、喉が灼ける。
訳が分からない。

佐々木さんは、白石が好きで。
白石は、私が好きで。
じゃあ、私は?

あぁ、やっぱりそうだったのか。
認めるのは、負けたみたいで癪だけど、これはもう、認めざるを得ないな。



「妬いたよ、物凄く」



そう口にしてしまえば、今までのイライラは、綺麗さっぱり消えていた。
胃の辺りのムカムカも、もう気にならない。
目の前には、子供のように笑う白石がいて、私もなんとなく笑う。





(僕らの距離は、あっという間に縮まった)