今日は、憎らしい程の快晴。
雲一つ無い。
因みに、昨日も一昨日も晴れだった。
そして、明日も晴れるだろう。
私の性格上、断定はしない。
まぁ、現在晴れているということに変わりはないのだが。
しかし、そんな清々しい天気に反して、私の心は曇り空。
今にも、雨が降り出しそうな程に。

理由は、至って単純。
全ては、目の前のこの男――――グラハム・スペクターの所為なのだ。



「あぁ、悲しい……とても悲しい話をしよう」


「………」

「俺は今、惚れた女に会いに来ている訳だが、その相手は事もあろうにシャフトの野郎に微笑んでいる。この俺ではなく、だ!!悲しい!悲しすぎるぞ!!人生とは、なんと悲しいものか!!何故、俺じゃない!?選りによって、何故シャフト!?他にもっと良い男もいるだろうに。例えば、そうだな……俺とか!!」

「………」

「そして、更に悲しいのは、なまえがまるで透明人間の如く俺を扱うことだ。俺は確かに此処に存在しているというのに!!……ん?待てよ?もしかして、俺が此処に存在しているというのは、俺の単なる空想か?妄想か!?あぁ、この胸がはち切れんばかりの苛立ちは、どうしよう!!バラすか!シャフトの関節という関節をバラすか!!よし、それしかないだろう!さぁ、シャフト!この俺にバラされろ!!今すぐに!!」

「な、ちょっ!?や、止めて下さいよ、グラハムさんっ!!」



何なんだ、マジで。
何しに来たんだ、コイツら。
そんな事は、自分達のアジトでやってほしい。
第一、私はシャフトに微笑んでなんかいない。
苦笑いってヤツだ。
来て早々にシャフトが、この青い作業着のバカについて愚痴るものだから、苦笑するしかなかったのだ。
大体、此処を何処だと思っているんだ。
彼らは突然、私が働いているレストランに大勢で押し掛けて来た。
かと思えば、舎弟の一人が愚痴を零し始め、それを見ていたボスである作業着が、その舎弟に制裁を加えようとしている。
はっきり言って、邪魔だ。

私は、私のボス―――――つまりは、このレストランのオーナーへと視線を送った。
オーナーは私の視線に気付くと、にっこりと微笑んだ。
………あぁ、分かってます。
分かってますよ、オーナー。
コイツらだって、立派なお客だって言うんでしょう。
オーナーは、彼らの事を気に入っていたりする。

未だ騒ぎ続けている彼ら。
どうしても、溜め息を吐いてしまう。
吐かずには、いられない。
彼らの御蔭で、私の悩みは尽きない。
それこそ、『悲しい話』だ。

あぁそれと、私自身の為に言っておく。
私とグラハムは、恋人同士という訳ではない。
それは、この男も分かっている筈だ。
…………多分。



「そろそろ、止めて頂けませんか。物凄く邪魔です。それ以上は、営業妨害でお帰り頂きますよ?」

「あ、はい……」

「なまえ!今、何故敬語を使った!?俺となまえの仲だ。敬語なんて他人行儀だろう!?それとも、なんだ!?急に照れてしまったのか!?そんなにも俺を想っていたのか!?それとも、」

「グラハムさん、今は黙ってた方が身の為です」



皮肉を込めて、普段彼らには滅多に使わない敬語で話す。
流石にグラハムも私の険悪な雰囲気を感じ取ったのか、シャフトに言われて口を閉じた。
まぁ、その前のとんでもない勝手な解釈は、スルーしよう。



「で、今日は何しに来たの?食事?それとも、冷やかし?」

「なまえに会いに来た!!」

「いえ、冷やかしなんてとんでもない。ちゃんと、注文しますよ」

「そう。なら、問題はないわ。グラハム以外は、ゆっくりしていって頂戴。お客としてなら歓迎するわ、グラハム以外は」

「ちょっと待った!!今、二度ほど俺が除外された気がするが、気の所為か!?俺の聞き間違いか!?そして、俺の告白は、あっさりとスルーされたのか!?折角、会いに来たのに!!」

「会いに来なくていいわよ。それと、グラハムが除外されたのは、気の所為じゃないから安心して。あんたがいると、賑やかを通り越して煩いのよ」

「なんて事だ!今まさに!!俺は落雷に打たれたかのような衝撃を受けた。そう、言うならば、青天の霹靂だ!!……ん?なんだか俺は、格好いい事を言わなかったか?ちょっと難しい言葉を使わなかったか!?どうなんだ!?おい、シャフト!!」

「いや、知らないっすよ………ぶごほぉっ!?」



本日一回目。
グラハム愛用のモンキーレンチが、シャフトの鳩尾に突っ込まれる。
シャフトは、腹部に走る激痛に身を屈めた。
何度見ても、痛そうだ。
そんなシャフトを余所に、グラハムはまた話し出す。



「時に、なまえ。俺は食事をしに来た訳ではないのだが、どうしたらいい?」

「帰れ」

「あぁ、なんという事だ。悲しい……悲しくて哀しくて悲しすぎる話をしよう。俺は、今日という日をずっと心待ちにしていた。今日という素晴らしい日を!それはもう、胸の高鳴りを抑えきれない程に!!ワクワクしてワクワクして、バラしてバラしてバラしまくったくらいだ!!……しかし、どうだろう。いざ今日という日がやって来たかと思えば、なまえがいつになく冷たい。これは、どういう事だ?どういう仕打ちだ!?神は俺をどうしたい!?俺のなまえへの愛が足りないというのか!?……と、叫び続ける俺だが、なまえが悪いとは微塵も思わないから安心してくれ。さぁ、俺は何かバラしたい気分だ。しかし、此処にはバラせそうな物が見当たらない。店の物をバラすと、なまえに怒られるからな!!そこで、シャフトをバラそうと思うのだが、宜しいか!!」

「イヤイヤイヤ、宜しくないッスよ!!」

「やるなら、あんた達のアジトでやって頂戴」

「え、ちょっ、なまえさん!?止めて下さいよ!俺、バラされちまうじゃないッスか!!」

「そうだな。なまえがそう言うなら、そうしよう。しかし、今帰ってしまっては、折角来た意味が無くなってしまう。今日は、大切な日だからな!よって、シャフト!!お前は、後回しだ!!」

「た、助かった……」

「そういえば、今日がどうしたって?何かあったの?」



先程から何度も、今日は特別な日だと言っているグラハム。
今日は、何かあっただろうか。
別に誰かの誕生日という事も無かったと思う。

そういえば、グラハムと出会った日も、今日のような雲一つない快晴だった。
グラハムは、会って数秒の後に大勢の人の前で、告白してきたのだ。
一目惚れだ、と叫んで。
勿論、私はそれを断った。
それでもグラハムは、毎日のように店に来たり、店の周りをうろついたりしている。
そうしている内に、私も彼の事が好きなんじゃないかという気さえしてきた。
実は、これが私の心を曇らせる最大の原因だったりする。



「あぁ、楽しい……とても楽しい話をしよう。俺は今日、なまえに喜んでもらおうと、プレゼントを用意したのだ!此処に来るまで、プレゼントを見て喜ぶなまえの姿を想像していたのだが………なまえが気に入ってくれると、俺も嬉しい!!……と、いう訳で、コレだ!!」



そう言って、手を突き出してきたグラハム。
その手に握られていたのは、小さなクマのぬいぐるみだった。
それには、少しばかり見覚えがある。
グラハムを買い出しに付き合わせた時、ある雑貨店に飾られていた物だ。
どうして、彼が持っているのだろう。
気になったが、早く受け取れとばかりにグラハムが腕を突き出してくるので、小さなクマは私の腕の中に納まる事となった。



「どうだ?気に入ったか!?OK過ぎる程にOKか!?なまえが可愛いと言っていたクマだぞ!!…本当は、あの時すぐにでもプレゼントしたかったのだが、なまえへのプレゼントを汚れた金で買う訳にもいかないからな。少しばかり働いた!!」

「……コレの為に……わざわざ?可愛いって言ったのだって、聞こえないくらい小さかったでしょう?」

「なまえの為ならば、俺に出来ない事は無い!!よって、俺はどんなに小さくとも、なまえの声なら絶対に聞こえる!間違いない!!」



そう言って、胸を張るグラハム。
此処は、私が働いているごく普通のレストランで、一般のお客さんだっているのに。
店内にいる人間の殆どが、グラハムと私に注目しているのが分かる。



「……どうして、そこまで?」

「なまえが好きだからだ。他に理由はない。あるとしたら、俺がなまえを愛しているから。それだけだ」

「………私には、愛なんて分からない」

「それでも、俺はなまえを愛し続ける。俺がなまえを想う気持ちは、変わらない。変わってはいけない。だから俺は、なまえに返事を求めない。どんな言葉であろうと、俺を止めるのは不可能だからな」



グラハムの真剣な瞳から、逸らす事が出来なくなる。
彼のこんな眼は、今まで見た事が無い。
普段は隠れている右目すら、今は私を捉えている。



「私には、そんな風に愛は語れない。………でも、そんなグラハムは好き、かもしれない」



声にして初めて、分かる。
やっぱり私は、グラハムが好きなのだ。

呆けるグラハムの顔を見て、思わず笑ってしまう。
それを合図に我に返ったグラハムは、店の中だというのも忘れて、飛び跳ねた。
事の成り行きを見ていたお客達も、口笛を鳴らしたり、歓声を上げたりしている。


そして、私は思う。
明日は、きっと晴れるだろう。
この空も、私の心も。
そして、彼の心も。
そう思ったのは、彼の笑顔を見たから。
今まで見た事のないような、とびきりの笑顔を。



んで


(空の蒼、作業着の青、貴方のあお)