「勘ちゃん勘ちゃん。泣いても良いですか」

「もう、仕方ないなー」



はぁ。なんて仰々しい溜め息を吐きながらも、苦笑して両腕を広げてくれる勘右衛門。
感動のあまり我慢できずに、勘右衛門の胸に頭から突っ込む私。
最初は、ぐえっ。なんて、潰れた蛙のような声を出した勘右衛門だったが、直ぐに私の頭に手を置き、ぽんぽんっと撫でてくれた。
あぁ、勘ちゃん。
君はなんて、優しいの。
君はなんて、男前なの。



「う゛ぅっ。勘ちゃんが、優しいよぉっ。……うどん髪なのに」

「うどん髪、関係無いよね?というか、うどん髪とか言わない」

「摩訶不思議ヘアー……」

「うん。もう、何でもいいや」



そんな遣り取りをしながらも勘右衛門は尚、私の頭を撫で続けていた。
やっぱり、勘右衛門の所に来て正解だ。
雷蔵と三郎は、茶化してきそう(主に三郎)で、泣き言なんて言えないし、竹谷は竹谷で、私が泣いたらオロオロしそうだ。
まぁ、竹谷の前では泣かないけどさ。
なんか屈辱的。
そうなると、やっぱり勘右衛門しかいない訳で。
ん?くの一教室の子?
ダメです、論外です。
この手の相談は、相手にされません。
一蹴されます。物理的に。



「……ありがとう、勘右衛門。これ以上は、うっかり惚れそうだから、止めようか」

「いいんじゃない?」



兵助なんて、やめちゃえば?


勘右衛門の優しさに感動しながらも、いつまでもくっ付いていると恥ずかしいので、勘右衛門からゆっくりと離れれば、彼はとんでもない事を言い出した。

あれ?
本当に正解だったのかな、勘右衛門で。
けれど、そんな事を言う勘右衛門は、私に対して恋慕の情なんて、持っていない。
その証拠に、顔が思い切り笑っている。
なんて奴だ、勘ちゃん。
遊んでやがる。

勘右衛門は、知っている。
私が久々知を好いている、という事を。
勿論、男女の情愛という意味で。
他の人間は、知らない。
だって、勘ちゃんにしか言っていないもの。
一年の頃から顔見知りだった尾浜くんは、いつしか頼りになるお友達の勘ちゃんになり、そんな彼の級友に恋心を抱いてしまった私は、迷う事なく彼に相談した。
因みに、この時の勘右衛門は、あるくの一の、これまた巨乳な先輩に惚れていたのだが、あの先輩はかなりのドSだと伝えると、俺の恋が終わったー。なんて、叫んでいた。
巨乳では、ドSに勝てなかったらしい。
まあ、そんな彼だが、私の恋路には色々と協力してくれる。
兵助と喋れないなら、一緒に居る俺に話掛けろ。だとか、今度の休み、兵助と町に行くから、お前も来い。だとか、色々と。
そのお蔭で、久々知とも二人で会話出来るようになって、やっと想いを伝えようと思ったのに。



「まぁ、兵助はそういう奴だよ」

「………うん。私が悪かったんだ。豆腐を目の前にした久々知に、告白なんてするから」

「半分は自業自得だよね」



そうだ。
状況が可笑しかったんだ。
豆腐を目の前に興奮する久々知に、告白なんてするから、勿論俺も大好きだよ、お豆腐。なんて、ベタベタなボケを返されるんだ。
………うん、私が悪かった。

けれど、私からしてみれば、意を決した告白だった訳で。
暫くは立ち直れそうにない。



「で、なんだっけ?その後、兵助の顔面に豆腐ぶちまけて、久々知なんか一生、豆腐とよろしくしてろ?馬鹿だね」

「……返す言葉も御座いません」



勘右衛門の言う通り、私は久々知の顔面に豆腐を押し当て、捨て台詞を吐き逃走。
血迷いました、はい。
最後に見た久々知は、豆腐塗れになりながら、呆けた顔をしていた。
絶対に、変な奴だと思われた。
というより、嫌われた。
いきなり顔面を豆腐塗れにされ、挙げ句訳の分からない捨て台詞を残されて、怒らない方がどうかしてる。
何より、久々知が愛するお豆腐を、あんな風にしてしまうなんて……っ!
絶っ対、怒ってる。



「どうしよう、勘ちゃん。久々知、怒ってる」

「かもね。だからいっそ、兵助なんて、やめちゃえば?って言ってんのに」

「…う゛ぅっ。……でもやっぱり、」

「勘右衛門っ!!」



笑顔で久々知を諦めろと言う勘右衛門に、それでも好きなのだと伝えようとすると、それは第三者の大声に阻まれた。
突然の大声に、勘右衛門どころか、呼ばれていない私まで飛び上がってしまう。
こんな大声を出すのは誰だと振り向けば、そこに居たのは、久々知兵助だった。
あぁ、噂なんてするもんじゃないな。
今は、会いたくなかったのに。
息を荒くしながらも、勘右衛門に一歩一歩近付いてくる久々知。
うわぁあ、怒ってるよぉ。



「勘右衛門、なまえを見なかったか…っ!?」

「なまえなら、ここに居るよ?」

「…っ!?え、いや、あの……っ!」



どうやら、久々知には勘右衛門しか見えていなかったらしい。
このままやり過ごそうかと、一瞬頭を過ぎったが、その考えは勘右衛門によって打ち砕かれた。
なんて事するんだ、勘ちゃんっ!

勘右衛門の一言で、此方を向いた久々知と目が合う。
ああっ!
そんな、ぱっちりおめめで見ないで下さい、久々知くん。
あの綺麗な顔を、豆腐でべたべたにしたのかと思うと、罪悪感が…っ。
一人悶絶する私だったが、ふと視界に入った久々知もまた、動揺しているようだった。
え、なんで?
あ、私が変な子だからか。
いきなり悶絶しだしたから、吃驚したんだろう。
勘ちゃんは、驚くほど順応してるけどね。

ん?あれ?
そういえば、さっき久々知に名前で呼ばれなかったっけ?
あれ?
いつもは、苗字で呼ぶのに。



「え、えーっと、みょうじ」

「は、はいっ!?」



一足先に落ち着いたらしい久々知は、尚も悶絶し続ける私に声を掛けた。
そこでやっと止まった私は、久々知の怒りから少しでも逃れる為、勘右衛門の背中に回り、彼を盾にする。

勘右衛門の背中越しに、恐る恐る見た久々知は、なんだか寂しそうだった。



「俺も好きだ」

「……え」



え?なんて言ったの、この人?

そう思ったのは、私だけではない。
勘ちゃんも吃驚だ。
しかしそこは、順応性の高い勘右衛門。
私が未だ固まる中、勘右衛門は、兵助ってば、ちゃんと分かってたんじゃん!とか言ってうきゃうきゃしている。
え、ちょっと待って、勘ちゃん。
私、ついていけない。



「………今、なんと申されました?」

「好きだ」

「…………お豆腐が?」

「違うっ!!あ、いや、違わないけど……そうじゃなくてっ!」

「兵助は、なまえを好いているんだよ」



勿論、男女の情愛という意味で。


そう言った勘ちゃんは、溜め息を吐きながらも、困ったように笑っていた。
久々知は、口を真一文字に結んでそれに大きく頷くだけ。
何度も何度も。
耳まで真っ赤になりながら。

こんな状況、どうにも誤魔化しようが無い訳で。
普段から勘右衛門に、鈍感と罵られる私にだって、分かってしまう。



「好きだ、なまえ」



真っ赤な久々知に、真剣な顔で見つめられ、心臓はこれでもかという程、速く脈打つ。
私の顔も、彼に負けず劣らず真っ赤になっているのだろう。

あぁ、なんて狡い人。
そんな風に好きだと言われてしまっては、さっきまでの事なんて、全て許してしまいたくなるじゃない。
たとえあれが、私の気持ちを分かった上での台詞だとしても。



「………私も、好きよ。へーすけ」



頬に赤みを残したまま笑う兵助を見て、誰がどう言おうが、やっぱり彼が好きだと思った。



ベタベタ