嗚呼。
今日も彼は、落とし穴に嵌り、何もない所で転けるのか。
忍者を目指す者としては、情けない。
けれど、そんな彼を愛おしいと思う私は重症なのだろうか。



「いさっくーん!!」

「うわぁ!?え、なまえ!?」



フラフラと歩く後ろ姿に思い切り飛びかかれば、なんとも情けない声を上げて倒れ込む始末。
そんな彼、善法寺伊作は、私の想い人であったりする。
鈍感な彼は、本気で私の想いに気付いていないのか。
はたまた、優しい彼が、気付かない振りをしているだけなのか。
どんな不運に見舞われても、にこにこと笑っている優しい彼は、とても素敵だと思う。
素敵過ぎて、いつも相談に乗ってくれる留三郎を、はっ倒してしまうくらい。
別に、留さんが何か言った訳では無いんだけどね。
兎に角、私は彼が大好きです!



「いさっくん、いさっくん。今日は既に五回も落ちてたねっ!」

「落とし穴の事?んー、……今日は七回かな」



僕って相変わらず、不運だよねぇ。


なんて眉を下げながら笑う彼に、茫然とする私。
……そんな、馬鹿な。
まさか、二回も見逃した、だと!?
暇さえあれば、常に彼を尾行しているこの私が!?
え、尾行じゃなくてストーカー?
馬鹿言っちゃいけないよ。
ちゃんと、仙蔵の許可は取ってあるさっ!
あの時の仙蔵は、とってもノリノリだったなぁ。

それにしても、彼が落ちる瞬間を二回も見逃したなんて。
あぁ、穴から這い出てくる時の彼の行動のなんと愛らしいことか。
思い出しただけでも涎が出そうなのに、それを見逃したなんてっ!
私の癒やしが…っ!
………今日はもう駄目だな、私。



「……いさっくん、ごめん。私、元気無くなったから、帰るよ」

「えぇ!?だ、大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫。いさっくんは、気にしないで」



一応、彼の笑顔も間近で見れたし、ちょっと満足した。
これ以上彼と居て、更に落ち込むような事実が発覚すれば、明日は立ち直れない事、必至だ。
なんとしても、それだけは避けなくては。
だって、毎日少しずつでも良いから、彼を見ていたいんだもの。

そう思い、泣く泣く彼に背を向け、もと来た道を引き返そうと、踵を返す私。
けれども、其処から前に進めない。
何事だと、後ろを振り返れば、私の手首を掴む伊作の姿。
思い切り眉を寄せて、怒っているような表情をしていた。
さっきまで、へらへらと笑っていたのに。
その方が、彼にはよく似合うというのに。



「い、さ…」

「だめ」



名前を呼ぼうとしただけなのに、何故か否定された。
え、何故?
というか、何が駄目?
もしかして、名前を呼んじゃ駄目って事?
え、悲しいんですけど。

もう一度、伊作の顔をじっと見つめる。
彼は、自身が掴んだ私の手首辺りを見ていて、目が合わない。
あ、違うな。
これ、怒ってるんじゃないや。
前にも何回か見た事がある。



「……拗ねてるの?」

「っ!?」



そう訊ねれば、伊作の肩が大きく跳ねた。
いやいや、分かり易すぎだよ、いさっくん。
まぁ、そんな所も大好きなのだけれど。
暫く見つめていれば、彼は目を逸らしたまま真っ赤になってしまった。
あぁ、本当に可愛い。

赤い顔をそのままに、彼が何かを言おうと口を開くと、音を発する前に、遮られてしまった。
第三者の登場により。



「おー。お前ら、何やってんだ?」

「…………留三郎……」

「ん?どうかしたのか?」

「恥を知れぇええぇぇ!しょくまんんんんんんんーっ!!」

「は、はあ!?」



折角、いさっくんが何か言い掛けたのにっ!
どうでもいい食満留三郎によって、妨害された。
もう、留三郎なんか、暫く【あほのしょくまん】って呼んでやる。

訳が分からないといった様子のあほのしょくまんにタックルをかまし、事の重要性を力説してやる。
有り難く思えっ!
すると、あほのしょくまんは、納得した様に『あぁ。』と頷いた。



「つまり、告白の最中だったのか」

「はあ!?話を聞いとったのか、この馬鹿三郎っ!!」



余りにも爆弾発言をかます留三郎に、勢いで言い返せば、やっぱりあほのしょくまんは、突っかかってきた。
そんな訳で、二人でわーわー言い合っていると、伊作の声が聞こえてきた。
振り返れば、今度はいつも通り笑顔の伊作。



「なまえの言うとおりだよ、留さん」

「なに!?お前までそんな事言うのか、伊作!」



まさか、同室の伊作にまで馬鹿にされるなんて、思ってもみなかったのだろう。
笑顔の伊作に、間接的に馬鹿扱いされた留三郎は、ショックでわなわなと震えていた。
ブツブツと、は組の仲じゃなかったのかよ、とか云々。
どんまい、留さん。

そんな留三郎を余所に、笑顔の伊作は再び口を開いた。
そんな彼の台詞とは、



「僕となまえは、とっくに恋仲じゃないか」



留三郎以上の爆弾発言だった。



「「、え?……えぇええぇぇええぇっ!?」」

「ってなんで、お前まで驚いてんだよっ!」

「え!?私、初耳なんですけど!?」



訳が分からない私と留三郎は、伊作の方に振り返る。
なんか息がぴったりだった事に、ちょっとだけイラッとした。
留三郎じゃなくて、いさっくんとが良かったのに!
あ、やば。
いさっくん、きょとんとしてる。
めちゃくちゃ可愛いじゃないッスか。
あぁ、涎が出てしまうよぉ。

それにしても、どういう事だ。
いつからそんな嬉しい関係に!?
いやいやいやいや、そんな場合ではない。
いくら伊作でも、もっと段階というものを経ないと駄目だと思うんだ。

そんな視線を伊作に送れば、少し困った顔で首を傾げながら、違った?と、一言。


いいえ、違いません。
いさっくんと私は、恋仲だっ!!
段階なんて、どうでもいいっ。
大好きだ、いさっくん!


首がもげそうになるくらい振りまくりながら、そう言うと、ふわりと笑う伊作。
良かった、なんて言いながら笑う伊作を見て、やっぱり彼が大好きだなぁ、なーんて思うのだ。



「僕も大好きだよ、なまえ」



結局、同じこと。



「そういえば、なんで拗ねてたの?」

「ふぇ!?……っあ、あれは!その、えっと……も、もっと一緒に、い、居たかった、というか……」

「え!?」

「おい。涎、垂れてんぞ」