※白石25歳設定。


真っ白なタキシードに身を包んだ彼は、今までに見たどんな彼より格好良くて、思わず息を飲んでしまった。

そんな彼の隣に並ぶのは、それ以上に真っ白なウェディングドレスを着た女の人。
ああ。なんて、綺麗な花嫁さん。
私は、彼女のことを何一つ知らないけれど、優しく微笑む彼と同じくらい、優しそうなひと。
きっと彼女は、彼を幸せにしてくれる。
だって、優しい彼が選んだ人だから。
私はただ、笑って『おめでとう。』って言うだけでいい。



「なまえ」



賑やかしくなった披露宴を抜け出して、一人風に当たっていれば、懐かしい声に呼ばれた。
なんだ、白石か。
別に他の誰かが来ることを期待していた訳ではないけれど、出来れば、白石ではない方がよかった。

最初に呼びかけたきり、黙って隣に座る白石の横顔は、あの頃よりも随分と大人になった。
そんな白石と私の間には、子供一人分のスペースがある。
あの頃もこうだった。
あの頃の私と彼の間には、まだ小さい金ちゃんがいたのだけれど。



「綺麗だったね、小石川くんのお嫁さん」

「せやな」



自分から声を掛けてきたくせして、一向に口を開く気配のない白石を横目に、今日の主役を話題に出す。
小石川くんのお嫁さん。
話したことはないけれど、知っている。
だって彼女は、



「優しそうな人だった」

「せやな」

「小石川くんも、格好良かったなぁ」

「……せや、な」



随分と他人事。
まぁ、終わったことだからなのかもしれないけれど。



「なぁ。なんで、突然消えたん?」



ぽつり。
こちらを見ずにそう呟く白石。

消えた。
白石はそう言うのか。
本当は、逃げただけなのに。

中学を卒業した私は、みんなと同じ高校に通って、みんなと同じように卒業した。
けれど、私が選んだ大学は、東京の大学で、みんなとは離れ離れ。
何かと気の合う財前くんにだけは、東京行きのことを話したけれど、彼以外の人達には何も言わなかった。
その後も、一切の連絡を絶って、今日まで声すら聞くことはなかった。
財前くん以外とは。
今日だって彼が、小石川くんが結婚式するって言うから、大阪に戻ってきた。
小石川くんは、いい奴だし、財前くんは、来ないと披露宴で私の恥ずかしい話するって言うし、そろそろけじめをつけようと思ったから。
でもやっぱり、やめておけば良かったかもしれない。
まだ、白石と二人きりで話なんてできない。



「関西弁、」

「え?」

「すっかり抜けてしもたな、関西弁」

「あ、ああ。……まぁ、そりゃあ、ね」

「7年や」



相変わらず前を向いたまま喋る白石。
今の私には、彼の目を見て話をする余裕なんてないから、そのまま前を向いていてくれると助かる。
けれど、横顔からでは彼が何を考えているかなんて、長い間離れていた私には分からないのも事実。

7年。
それは、私が大阪を離れてからの期間。
そして、全てを忘れることだけに費やされた時間。



「7年間、ずっと探しとった」



知っていた。
財前くんから聞かされて。
彼は、ことある毎に白石のことを話すから。
白石が私の連絡先を知りたがってるだとか、中三の時から付き合っていた彼女と別れたとか、白石はそれ以来誰とも付き合おうとしないとか、白石に関わることは、思いつく限り聞かされた。
挙句、その元カノが小石川くんと結婚するだなんてことまで。
あの勘の良い後輩は、全部分かってるはず。
分かっていながら、その残酷さを孕ませた優しさを私に与えるんだ。
彼は決して、私が全てを忘れることを、許してはくれないだろう。



「なまえが居らんようになってから、思ったんや。なまえに会いたいって」



分かってた。
7年前の白石にとって私は、その他大勢の仲間と同じだったことくらい。
あの頃の白石は、彼女のことを本当に大切にしていたし、彼女を見つめる目だけは他とは違ったから。
二人は、確かにお互いを想い合っていた。
だから私は、そんな二人を見るのが辛くて、白石との接触を極力避け、最終的には東京へと逃げたんだ。
白石が、好きだったから。
財前くんから白石のことを聞いたときも、興味のないふりをしたけど、本当は嬉しかった。
私を探してくれている、もう何かを愛しそうに見つめる彼を見なくて済むのだ、と。
けれど、その時にはもう遅かった。
7年前に大阪を離れた私には今、東京での暮らしがある。
今度は、東京を離れられなくなった。
高校生の頃、大阪を離れたくても離れられなかったように。
なのに今更、そんなこと。
それに、白石は気付いているのかな?
私がいなくなってからってことは、私が避け続けた間は白石の中では、無かったことになっているってことでしょう?



「……私は、白石に会いたくなかった」



本心だけど、本心じゃない。
本当は、逢いたくて戻ってきた筈なのに、彼と話はしたくなかった。
大勢の中に混ざって笑い合うか、遠くから一目見るだけで良かった。



「7年ってすごく長いね。友達も彼氏もできたし、大学だって卒業しちゃった。平凡な学生が、今じゃ平凡な社会人だよ」



だから、もう戻れない。


戻れないとは、どういうことだろう。
自分で言っておきながら、訳が分からなくなった。
大阪に戻れない?
あの頃に戻れない?
白石の隣には戻れない?
私は一体、何処に戻りたいんだろう。



「………その彼氏と、結婚するん、か?」



ああ、らしくない。
まったく以てらしくないよ、白石。
話が飛躍し過ぎている。
確かに彼氏はいたけれど、今はもういない。
いたとしても、結婚なんてそう簡単にはできないな。
だってまだ、こんなにも白石のことが好きなのに。



「10年だよ」



7年じゃない。
私は10年間、遠くなってしまった白石を想い続けた。
彼の隣には、一人の女の子がいて。
それまで友達として、この気持ちを隠しながらなんとかやってきた私の居場所は、全て彼女に空け渡してしまって。
彼女を本気で好きだった白石にとって、せめていい友達であり続けようとして。



「10年前、全部終わりにしようって決めたのになぁ」



けれど結局、白石以外の誰かを私の中の一番にするなんて事、できなかった。
だらだらと彼を忘れられずに日々を過ごして。
これではいけないと、私を好きだと言ってくれる人と付き合った。
その人は、とてもいい人だったけど、私の中の一番があの人になることはなくて。
私の中にはやっぱり、白石しかいないんだと思い知るだけ。



「私は10年前から、白石のことが好きだったよ」



そう、貴方があの子と出会うよりも前から。



の人生の半分は、貴方でできています。



それから3ヶ月後、私は仕事を辞めて大阪に戻った。

更に3ヶ月後には、白石と同棲して。

それから1年経った頃、プロポーズされて。


再会から2年後、ウェディングドレスを纏った私の隣には、真っ白なタキシードを着た白石がいる。
そんな彼が、あの日の小石川くんよりずっと格好良く見えたのは、惚れた欲目、ということにしておこう。


今日、私は『白石』になります。