※現パロ。
※竹谷さんが、男の子。


幸せとは、なんだろう。
どこかの辞書によれば、それは幸運に恵まれ、心が満ち足りている事らしい。
きっと、他の辞書を引いたところで、同じようなものだ。
うん。俺は今、幸せだ。

随分と起床がゆっくりだった俺は、未だに重い瞼を無理矢理持ち上げ、寝室を出た。
リビングに入って、取り敢えずテレビ本体の電源ボタンを押し、ソファーに座る。
少しして始まったのは、休日の昼下がりの、大して興味も無いワイドショーだった。
俺は、テレビから視線を外す。
もとより、何かを見たくて電源を入れた訳ではない。
俺の意識はさっきから、キッチンでせっせと作業する彼女に、これでもかという程集中している。
最初の内はテレビを見る振りをして、ちらちらと彼女を盗み見ていた俺だが、此方に気付く気配も無いので、今ではその後ろ姿を凝視している。

休日の朝から一人暮らしの彼氏の家までやってきて、昼まで寝倒す家主を余所に、掃除と洗濯を済ませ、朝食どころか昼食にしたって遅いくらいの昼食を、何も言わずに作ってくれるなまえは、本当によくできた子だ。
時々、なまえの隣に居るのが、俺でいいのかと不安になるくらい。
だからといって、なまえを手放すつもりなんて微塵も無いし、なまえが離れていこうものなら、俺は物凄く荒れるだろう。
正直、自分でも何をするか、分かったもんじゃない。
俺には勿体無いくらいの子だけれど、それでもずっと隣に居たいくらい、それくらい好きだ。


暫くして、なまえの様子が変わった。
多分、調理が終わったんだろう。
ずっと彼女を見ていたい気分ではあったが、こんな事で恥ずかしがり屋な彼女の機嫌を損ねる訳にはいかないので、静かにテレビに向き直る。
有名俳優の結婚の話題だった。
やっぱり、大して興味も無い。
俺は、背中越しに聞こえる音に耳を済ませながら、なまえがリビングに来るのを待った。



「はっちゃん、ご飯」



そう言って俺の目の前には、まだ湯気の立つ、出来立てのオムライスが置かれた。
朝からオムライスかぁ。なんて思ったが、今が昼過ぎであった事を思い出し、ただ、いただきます。とだけ言って、オムライスを頬張った。
うん。やっぱ、なまえの料理は、何でも美味い。
特別、美味いって訳ではないけれど、俺は、この味が大好きだ。
惚れた欲目というやつかもしれないが。

なまえは、滅多に料理の感想を求めてこないし、今日もその通りだったが、美味いものは美味いので素直に、美味い。と言うと、隣で同じようにオムライスを食べているなまえは、それは良かった。と然程興味も無さそうに呟いて、これまた興味無さげに俺がつけたワイドショーを見ていた。
あぁ、いつも通りだ。



「はっちゃん、どうしたの?」



すっごいニヤニヤしてる。


時折彼女を盗み見ながらオムライスを食べていた俺に、なまえが首を傾げながら訪ねてきた。
少しだけ眉間に皺を寄せて、じっと覗き込んでくる姿が、俺を煽る。
オムライスのお蔭で少し艶っぽくなった唇とか、長い髪の隙間から見える首筋とか、いつもほんのり赤いほっぺたとか、本人にその気が無くとも俺にとっては、そういう風にしか見えない訳で、彼女の全てが俺を煽る。
そして、俺の中の情欲は、素直にむくむくと膨れ上がっていくのであった。
可愛い彼女を前にした健全男児なら、当たり前だろ。
けれどやっぱり、昼間からそれは駄目だ。とフェードアウトしようとする理性を呼び戻し、なんとか留まる。
よく頑張った、俺。



「幸せだなぁ、と思って」

「……なぁに、それ?」



一度、ぽかんと呆けたなまえだったが、そう言ってくすくすと笑った。

うん。やっぱ、可愛い。
襲って良いかな。
いや、駄目だよな。昼間だし。
でも、案外良いって言ってくれたりして。
訊いてみるかなぁ。
待て待て待て。
普通、オムライス食いながら、ムラムラしてる彼氏とか嫌だろ。
もう、何コイツ、私が作ったオムライス食べながらムラムラしてんの。別れよっかな。ってなるわ。
あぁ、駄目だ。そんな現実は、絶対に受け入れられない。
俺はなまえが居ないと、生きていけないんだよ。
でも、したいしなぁ。
………よし。
食べ終わったら、訊いてみよう。



「何かいやらしい事でも、考えてるのかと思った」

「んご!?えふっ!い、いや、そんな事は……っ」

「あ、図星か。やっぱり、いやらしい事、考えてたんだね」



そうかそうか。
八左ヱ門は、いやらしいなぁ。


なんて、ニヤニヤしながら、再びオムライスを食べ始めるなまえ。
対する俺は、いやもう、なんか、驚き過ぎてオムライスが喉に詰まりそう。
てか、若干詰まった。

それにしても、え?ちょ、え?
俺、まだ何も言ってないんですけど。
俺の今までの葛藤は、何だったの。
オムライス食べ終わってからとか思ってた、俺の決意はどうなるの。
あの、なんかもう、泣いてもいいですか。
いや、心の中では、既に号泣してるけれども。

ていうか、めちゃくちゃ楽しそうですね、なまえさん。



「八左ヱ門の百面相が、とっても面白いのです。ぷくくくくっ」

「……………」

「……はっちゃん?」



突然黙り込む俺を不思議に思ったのであろうなまえは、首を傾げながら俺の顔を覗き込んでくる。

本当に、何も分かってない。
それは、男を煽るだけだ。
口を押さえながら戯けたように笑うのも、至近距離から顔を覗き込むのも、昼間から盛ってる俺みたいな男には、絶対にしちゃ駄目だ。
いや、俺以外の男にはするな。
いつだったか、そんなような事を、なまえに言った記憶がある。
そしたらなまえは、可愛く見られたいのは、はっちゃんだけだもの。他の人にはしないわ。だってよ。
確かになまえは、二人きりの時しか、こんな事はしない。
だから、半分は態となんだろうなぁ。とは思うけど。
それにしても、あの時のなまえは、めちゃくちゃ可愛かった。
……思い出したら、余計襲いたくなってきた。
あーもうっ!



「ちゅーしてい?」



おい、誰か褒めろ。
この状況で、許可を得ようとする上、キスに留めたこの俺を。
自分でも吃驚だわ。
なんでこうなった。



「夕飯の買い出しに付き合ってくれたら、考えてあげてもいいですよ?」

「え………いやらしい事?」



はっちゃんってば、そればっかり。


なんて言って、困ったように少しだけ眉尻を下げながら、くすくすと笑うなまえ。

なまえさん、なまえさん。
それは、肯定ですね。
分かります。
八左ヱ門さんには、分かりますよ。

やべぇ、なまえが女神に見える。
あ、それは最初からだ。
なまえは初めて会った時から、既に女神だった。


結局のところ、ご褒美があろうが無かろうが、買い出しには付いて行くし、その行為自体が既にご褒美に匹敵するのだから、やっぱり俺は、なまえ無しでは生きていけないのだと思う。



二人で最大幸福



君が居ることが、幸せ。

君の幸せが、幸せ。


それが、俺の最大幸福。