なんだか、今日の彼のプレーは、いつもより綺麗だ。
そして、先程のプレーは、その中でも一番だと思った。



「え、ちょっ!リコたん、今の見たっ?今の見たっ!?ねぇ、見たっ!?」

「見たから、落ち着きなさいよ。それと、その呼び方、どうにかなんないの?」

「これが落ち着いていられますか!今のは、今日一番でしょ!!あぁ、どうして彼は、あんなにも格好良いのだろうか!!あ、リコたんは、リコたんだから」



いつも以上に綺麗な彼のプレーに、狂ったように歓喜する私。
呆れたリコに諫められるも、黙る気なんて更々無い。

そんな私は今、監督である彼女の隣で、誠凛バスケ部の練習を見学している。
そして現在、彼らはミニゲーム中。
普段は、邪魔にならないように体育館の外から覗いているのだが、通りかかった木吉に誘われて今日は、中で見学する事になったのだ。



「まぁ、確かに今の火神くんのプレーは中々だったけど。というか、どういう意味よ、ソレ」

「え?火神くん?何かやったの、あの子?全く見てなかったんだけど」

「…………じゃあ、何を見てたのよ」

「え?愚問だよね?私が見るモノと言ったら、一つしかないよね?」

「あー、はいはい。伊月くんね。あんたは、いつもそうなんだから」



そうだよ。
どうせ私は、伊月くんしか見てないよ。
でも、そんな時間が一番幸せなんだ。
だから、伊月くん以外が見えていなくても仕方がない。
うん、仕方がない。



「寧ろ、伊月くん以外の何を見ろと?伊月くん以外なんて見る必要無いよね?見なくて良いよね?まぁ、逆を言えば、伊月くんがいなければ、私は何も見る必要が無いって事になる訳で、そんな時は、目を閉じながら生活する事になると思うけど、私はそんな生活を送れる自信が今一つ無いので、伊月くんには、ずっと今のままでいてほしいと思っていると同時に、彼女でも何でもない私がそんな我が儘を言える立場では無いという事も理解しているつもりなので、そんな事を考えては自己嫌悪しつつ、やっぱり伊月くんが好きだなんて思ってるんだよ」

「………………要するに、伊月くんが好き、付き合いたい、結婚したいって事ね」

「け、けけけけけっこん!?」

「何よ?したいんでしょう?」

「え、あ、いや、まぁ……その、出来たら良いっていうか……未だそんな事、考えた事無いっていうか……そもそも、付き合うのだって、ねぇ………」



さっきまでの饒舌ぶりはどうしたのか、と言いたげに、怪訝な顔をするリコ。
いや、饒舌どころか、気持ち悪いくらいだった事は、自分でも理解している。
少し、伊月くんへの思いを語り過ぎたと反省。

しかし、伊月くんと結婚は疎か、付き合う事すら、考えた事は無かった。
寧ろ、あまり喋った事が無い。
偶に、伊月くんの方から話し掛けくれる事もあるが、その時ですら、まともに会話が出来た覚えがない。
というより、会話の内容を覚えている事の方が稀。
自分から話し掛けるなんて、以ての外だ。
頭も心臓も、爆発する。



「へぇ!なまえは、伊月の事が好きなのか!」

「好きで悪いか!木吉は黙ってて!!………………き、よし?」



まるでノリツッコミの如く、突如会話に参加した第三者の名前を叫んだ私。
叫んではいけない名前を叫んでしまったような気がして、恐る恐る声のした方へ顔を向ければ、やはり木吉が居た。
ニコニコ笑いながら、私が何か喋るのを待っている様子の木吉。
私にどうしろと。



「………な、んで、……木吉が居る、の?」

「交代した!」



ほぼ見たままを爽やかに言ってみせる木吉。
残念ながら、今の私には全く爽やかに見えない。
木吉に聞かれたというショックが大き過ぎる。
日向や水戸部なら兎も角、コガと同じくらい木吉には聞かれたくなかった。



「よりによって、木吉に聞かれるなんて。木吉とコガは、うっかり喋りそうだから、絶対に聞かれたくなかったのに。誰にも喋んないでよ!?」

「分かってるって!いやー、なまえが……なぁ?」



木吉にしては珍しく、いやらしい表情を浮かべている。
リコに助けを求めようと彼女の方へ振り返れば、そこにリコは居なかった。
お約束といえば、お約束。
リコちゃんは、カントクさんになってました。



「というか、木吉は、未だ戻らなくて良いの?」

「ん?もう暫くは良いよ」

「じゃあ、ちょっと付き合ってよ。リコ、居なくなっちゃったし」

「別に良い……がッ!?」

「えぇ!?き、木吉、大丈夫!?」



部活に戻ったリコの代わりに、木吉で暇潰しでもと思い誘ったが、彼の顔面には、バスケットボール。
流石に体格の良い木吉でも、顔面は痛いだろう。
筋肉とか関係無いし。
というか、日向だったら、眼鏡が瀕死の重傷を負ってるくらいの威力だった。

顔を覆い、その場にしゃがみ込む木吉。
そんな彼を覗き込んでいれば、突然腕を掴まれ、その場に立たされた。
あ、ちょっと痛い。



「っ……みょうじ、さん!!だい、じょ…ぶ…ッ!?」

「い、伊月くん!?」



私の腕を掴んだのは、他でもない伊月くんで、私の心臓は破裂寸前だ。
そんな私にお構いなしに、伊月は息を切らしながらも、言葉を紡ぐ。



「お、俺、がッ……投、げた……ボー、ル……ッ!!」

「え?ぼ、ボール?……ボールなら、あ、あそこにあるよ?」



伊月くんが投げたというボールは、木吉の顔面で跳ねた後、体育館の隅へと転がっていった。
よっぽど慌てていたのか、伊月くんの息は未だ整わない。



「じゃ、なくてッ!みょうじさん、怪我は!?」

「け、怪我なら、私じゃなくて木吉が」

「みょうじさんッ!!」

「は、はいッ!?」

「好きです!結婚して下さいっ!!」

「え?あ、あぁ………



遇ですね。私も、です。



……………って、ぇええぇぇええぇッ!?」

「ありがとう、みょうじさん!絶対に俺、みょうじさんを幸せにするからっ!!さぁ、そうと決まれば、婚姻届にサインしてくれないか!?本当なら、今すぐにでも結婚したい所だけど、俺が18歳になったら、結婚しよう!!あ、そうすると、苗字はどうしようか?俺が【みょうじ】になっても良いけど、みょうじさんさえ良ければ、【伊月】になってくれると嬉しいな!どっちにしろ、同じ苗字になる訳だし、なまえって呼んでも良いかな!?いや、それは未だ早いか。じゃあ、なまえちゃんって呼ぶ事にするよ!!」

「………恐ぇよ、伊月」

「ん?何か言ったか、日向?」

「イイエ、ナンデモアリマセン」



「……………伊月。顔、痛いんだけど」

「あぁ、木吉か。わざとだよ」

「…………。」