※暗いです。


何故、自分が此処に居るのか分からなくなる時がある。
それは、ある瞬間に突然やってきて、いつの間にか消えている。
その瞬間は、親しい友人と談笑している時であったり、退屈な英語の授業中であったり。
その瞬間は、突然やってくるのだ。
今現在の私のように。

一度それに疑問を持ってしまうと、そこから延々と考えは続き、遂には可笑しな考えに辿り着く。
自分で自分が分からなくなり、終いには自分が何を考えているのかも分からなくなる。
今現在の私のように。

自動車に撥ねられたら、その瞬間どんな事を思うのだろうか。
ふと、そんな事を思った。
何故なのかは分からないけれど、そう思った。



「ーッなまえ!!」



突然誰かに名前を呼ばれたと思ったら、強く後ろに引っ張られた。
それはもう、強く。
隔離された自分の世界から現実に引き戻された私が最初に見たのは、目の前を通り過ぎるトラックの車体だった。
そのトラックよりも少しだけ上に視線を向ければ、そこには激しく自己主張するかのように、赤く光る歩行者用の信号機。
それは、間もなくして青に変わり、向こう側からは、小学生くらいの小さな男の子が左右を確認してこちら側へ駆けてくる。
少年はサッカーボールを抱えながら、私の横を通り過ぎ、グラウンドの方へと去っていった。

少年の姿が見えなくなった頃、私はゆっくりと振り返る。
そこには、よく知る人の顔があった。

あぁ、白石だ。
白石が怒っている。
眉間に皺を寄せ、真っ直ぐ私を見下ろしている。
けれど、その双眸は、どこか悲しそうだ。
白石は、今何を思っているのだろう。
そんな事を、客観的に思った。
白石を怒らせたのは、自分だというのに。



「………何で、なん?」

「……………いつもと同じだよ。自動車に撥ねられたら、どうなるのかと思った。」



私は、少しだけ考えた。
どんな言葉を吐き出せば、白石をこれ以上傷付けずに済むのか。
けれど、今の私が何を言おうと、その言葉は確実に白石を傷付けるだろう。
だって、今の白石にこんな顔をさせているのは、間違いなく私なのだから。
そんな事を思って、結局本当の事を言う。
どうせ傷付けるなら、嘘よりよっぽどいい。
白石を嘘で傷付けてはいけない。
白石だけは。



「………撥ねられたら、死ぬやろ」

「……そうかもしれない。けど、そうじゃないかもしれない」

「………痛いだけや、そんなん」

「そうだね。きっと、物凄く痛いだろうね」



そんな事は分かってるよ、白石。
撥ねられたら、死ぬかもしれないし、物凄く痛いと思う。
けど、私が知りたかったのは、そういう事じゃない。



「本当は、私が死ぬ前に思い出すのは、やっぱり白石なのかなって。そう思ったんだよ」



そう思ったのも嘘じゃない。
そうだったらいいとも思った。

私の心が一人になった時、白石だけは私と一緒にいてくれる。
私が私でなくなりそうになった時、白石だけが元の私に戻してくれる。
白石だけが私を理解しようとしてくれる。
そう、白石だけが。



「私の世界には、白石だけ居ればいいと思ってる。だから、本当にそうなのかなって」



私の世界に白石しか居ないなら、私の世界の終わりに現れるのも白石だと思う。
私の世界が白石で埋め尽くされたら、それはそれで気持ち悪いけど、きっと終わりに笑っていられると思う。
なんだかそんな気がするんだ。



「………俺は、ずっとなまえと一緒に居るから」



そう言った白石は、笑っていた。
悲しそうに。
寂しそうに。
困ったように。
泣きそうに。
そしてそれは、とても綺麗だった。



「白石は、綺麗だね」



私と違ってとても綺麗で、強く優しい白石は、私が居ないと生きていけない。
少なくとも、白石はそうだと言う。
白石は、歪んだ私に依存している。
白石は、自分が居なければ、私は死んでしまうのだと、自分は必要とされているのだと感じたいだけだ。
そうやって私に依存して、私に優越感を与える。
白石が依存するのは、私だけなのだという優越感を。

色々な事が違いすぎる私達だから、傍にいられるし、相手を必要とできる。
私が歪んでしまった分は、白石が綺麗であってくれればいい。
依存しあう私達はとても滑稽で、不器用であるが故に傷付けあうけれど、それでいい。
少なくとも私は、そう思う。
そして、それは白石も知っている。
だから白石は、私が綺麗だと言うと、とても嬉しそうに笑う。
白石が綺麗だという事は、私達はまだ一緒に居られるという事だから。

今回もやっぱりそうだった。
私の突拍子の無い一言に、一瞬だけ驚いた顔を見せた白石だったけれど、やっぱり笑った。
それは、嬉しいけれど、素直に喜べない。
そんな笑い方。



「ねぇ、白石。白石は、いつ死ぬのかな?」

「なんや、俺に死んでほしいみたいな言い方やな」

「逆だよ。白石には死んでほしくない。ただ、思ったんだ。白石が居る限り、私は死なないんだろうなって」

「…………なんで、そう思うんや?」

「だって、白石が助けてくれるから。白石が居なくなったら、私を止める人間なんていない。私は死ぬよ、きっと」



きっと、私は死んでしまう。
そうであったら、いい。
白石が私の全てだったら、いい。

こんな時普通は、愛だとか甘い考えが浮かぶのだろうか。
しかし残念ながら、私に限ってそんな事はなかった。
ただ、白石の65%くらいは、半分が優しさで出来ているという某頭痛薬なのかもしれない、とは思った。
結局どれくらいの割合なのか、何も考えていない今の私には計算が面倒臭いが、大体そんな感じがする。
白石は、ただ優しいだけではないのだから。



「やったら、最期も一緒や。いつか俺が、なまえを殺して死ぬから」



ほら、まただ。
時々私は、私以上に歪んでいるんじゃないかと思えるような白石と出交す。
そんな白石を、決まって私は、愛おしいと感じる。
恐怖を覚えながらも、愛おしさを感じている。
それはきっと、白石が笑うからだ。
こんな白石は、きっと私しか知らない。

白石の特別が私だけならいいのにと、そんなとんでもない独占欲を曝け出したら、白石はどんな顔をするのだろうか。
白石は、やっぱり笑ってくれるのだろう。
醜く歪んでしまった私に向けて、この上なく綺麗で嬉しそうな笑顔で。

そして、私は今日も思う。
まだ死にたくない、と。
もっと白石の傍に居たい、と。

あぁ。
ごめん、白石。
多分私は、また懲りずに死のうとすると思うから。
だから、次も助けて。
きっと、きっと。
歪んだ私達が生きる為に。



綺麗なは、んだ

(世界そのものだと思うんだ)