「キャプテン・笠松に質問です」

「………なんだよ」

「笠松クンは、好きな人がいらっしゃるのでしょうか?」

「ぶっ!?」

「うわ!?…笠松ってば汚いなぁ」

「お前がいきなり変な事、聞くからだ!大体聞くなら、黄瀬の好きな奴だろーが!!」

「わーわーわー!!何言ってんの!?何言ってんの、この人!?そーいうことは、オブラートに包むよね!?包むよね、普通!?」

「うるせー!お前が言うな!!」



そう言って笠松は、持っていたジュースを飲み干した。
あー、私もフルーツにしとけば良かった。
人が飲んでると飲みたくなるなんて、よくある事なんだけど。

私は今、バスケ部主将の笠松クンと教室に居残り中。
理由は、なんとなく。
笠松は、そんな私に付き合ってくれてる。
笠松の方の理由は、偶々部活が休みだから、だそうだ。
ツンデレだからなぁ、笠松。
そしていいヤツだよ、笠松。
因みに、位置としては、私が窓側の前から五番目で、笠松は同列の前から四番目の席に座っている。
つまりは、前後。



「ったく……そんなんだから、いつまでたっても進まねぇんだよ」

「…………別に進まなくて、いいし」

「………」



あぁ、笠松からの視線が痛い。
私は耐えきれずに、手元にあったジュースを飲み続けた。
空になって、音を立てても気にしない。
それより、笠松の視線の方が気になる。
絶対、眉間に皺寄ってるよ。
恐ろしくて笠松を見れない。
あー、口の中がイチゴ味。

これでもね?
頑張ってるつもりなんですよ。
黄瀬くんと話す事も多くなったし、笠松無しで話せてる時もあるし。
でも不思議と、黄瀬くんに好きになってもらおうとは思わない。
そりゃ、好きになってくれたら嬉しいけど。
でも今は、



「あー、いたいた」



突然、教室の戸が開いて、私たちは少し跳ねてしまった。
今まで話していた内容が内容なので、私は余計に驚く。
開いた戸の方を見ると、そこには黄瀬くんが立っていた。
しかも、笑顔で。

ソレはヤバいッス、黄瀬サン。
ワタクシの心臓が保ちません。
それにしても、まさかの黄瀬くん登場。
さっきの会話は、聞かれていないだろうか。
というより、彼は、三年の教室まで何をしに来たのだろう。
笠松に用事でもあるのかな。
バスケ部の中でも二人は、特に仲が良いように見えるし。
というより、笠松は、黄瀬くんに懐かれてるようだ。



「探したんスよ、なまえっち!」

「え、私!?」

「?そうッスよ?」

「笠松じゃなくて?」

「何で笠松センパイなんスか。違うッスよ」



これは、驚いた。
まさか、私に用があったとは。
黄瀬くんの方から来るのは、珍しい。
いつもは、偶然だったり、私から行ったりするのに。
余程大事なことなんだろうか。



「っていうか、何で二人は一緒なんスか。なんか話してたんスか?」

「い、いやー……」

「別に?ってか、お前には、内緒」

「…………なんでッスか」

「まぁ、安心しろ。こんなの横取りしねぇから」

「……………」

「さーてと!俺は帰るぞ」

「………」

「え、あ……また明日ね、ゆっきー!!」

「誰がゆっきーだっ!!」



そう言って、笠松は帰っていった。
本当にツンデレだなぁ。

ふと黄瀬くんを見ると、眉間に皺を寄せていた。
あ、もしかして笠松が、内緒とか言ったから拗ねてんのかな。
自分だけ除け者〜的な感じになってるとか。



「え〜っと、……黄瀬くん?」

「…………先輩たちって、仲良いッスね」

「そ、そうかな?」

「……そうッスよ」

「まぁ、幼稚園から一緒で、家も近いからねぇ」

「幼稚園、から……ッスか?」

「うん。小学校くらいまでは、お互い名前で呼んでたかな」



中学生にもなると、幸男が恥ずかしがって、素っ気なくなったから、苗字で呼ぶようになってしまったけど。
あの頃は、何処に行くにも幸男が手を引っ張ってくれてたっけ。
なんだか懐かしい。
まぁ、今でも、幸男に引きずられる事は少なくないのだけれど。



「そういえば、何か用事?」

「え、あぁ……あの、ちょっと話があって」

「ぇ……な、何?」



黄瀬くんは、そわそわしながらも真剣な様子で、用件を口にした。
まるで、告白の為の呼び出しみたいだと、少しでも思ってしまったなんて事は、笠松にも言えないな。
まぁ、笠松なら、スルーするのだろうけど。

黄瀬くんは、さっきまで笠松が座ってた場所に座る。
やっぱり、これだけ近いとドキドキする。
なんてったって、まだ指一本触れた事は無いんですから。
笠松の時とは、大違いだ。



「……なまえっちって、好きな人とか、いるんスか?」

「なななな、何をいきなり!?」

「答えて下さい」



真剣な顔のまま続ける黄瀬くんの所為か、私は彼の質問の意図が、理解出来なかった。
それでも、表情一つ変えず答えを急かしてくる彼に、私は素直に答えるしかなかった。



「い、いるよ、好きな人」

「……ソレって、海常のバスケ部?」

「……うん」

「………その人は、なまえっちの事、どう思ってんスか」

「……さぁ?相手は人気者だから、私なんて眼中に無いかも。うん、きっとダメ」



次から次へと質問責めの黄瀬くん。
さっきまで、笠松とそういう話をしていたのに、黄瀬くんともそういう話になるのか。
と言うより、好きな人に対して本人の話をするのって、かなり緊張する。



「じゃあ、なんで止めないんスか。そんなのキツいだけじゃないッスか」

「それでも、やっぱり好きなの。元々私は、両想いになりたくて好きになった訳じゃないし。初めてバスケしてる姿を見た時、あまりに格好良くて、呼吸する事すら忘れてしまったの。そんな彼が好きだから、今はまだ、このままで良いんだ」



両想いじゃなくたって、バスケをしている黄瀬くんを見ていられるだけで充分。
そんな事が言えるのは、彼にとってバスケが一番なんだと思っているから。
そうではないと知ってしまったら、きっと、見ているだけで充分だなんて思えない筈だ。



「…………その人、幸せ者ッスね。なまえっちにそんな風に想われて。俺だったら……っ」

「……黄瀬、くん?」

「なまえっち。俺、なまえっちの事が好きッス」

「ぇ?」



それは、期待したけれど、彼の口から聞く事は無いだろうと思っていた言葉。
それは、バスケに対してだけであって欲しいと思いつつ、私に対してもそうだったら良いと思っていた言葉。

私は、黄瀬くんの言葉に上手く反応出来ず、小さく音が漏らした。
黄瀬くんは、そんな私の声とも言えない音に、被せるように言葉を続ける。
捲し立てるように。



「俺、なまえっちに少しでも俺の事見て欲しくて、笠松センパイに用があるフリして三年の教室まで行ってみたり、偶然を装って登下校の時間を同じにしたり色々したんスよ?でも、いつ見ても、なまえっちは笠松センパイと楽しそうに笑ってて、俺がやってる事って意味在るのかなとか。それでも諦め切れなくて、笠松センパイに牽制してみたりもしたんス。笠松センパイは、何だかんだ言って、結局協力してくれてるけど、なまえっちが笠松センパイの事をそんな風に思ってるなら、俺、きっぱり諦めるッス。だから、ちゃんと振って欲しいッス」



………
えぇーっと、取り敢えず、黄瀬くんは私の事が好きで、彼の話から察するに、笠松はその事を知っていた、と。
そういう事なんだろう。
よし、明日その事について笠松には、じっくりと話を聞く事にしよう。

で、問題は、その後の黄瀬くんの台詞。
もしや、コレは頂けない勘違いパターンでは?



「………あの、さ。黄瀬くんって、私の好きな人、笠松だと思って、ない?」

「え?……ち、違うんスか?」

「はい、残念ながら」



案の定勘違いをしていた黄瀬くんは、恥ずかしそうにあたふたし始めた。
少しだけ頬を赤くして慌てる黄瀬くんを、不謹慎にも可愛いと思ってしまった事は、これまた笠松にも内緒。
私と黄瀬くんだけの秘密にしておこう。



「黄瀬くん。君に諦めて貰うと、君のファンは喜ぶだろうけど、一人とても悲しい思いをする人間がいるんだよ」

「………どうして、スか?」

「その人も、黄瀬くんの事が好きだから」

「………その人、って?」



黄瀬くんは、多分緊張している。
何となく、そんな感じの声だと分かる。
まぁ、こうも焦らされれば、緊張するのも分かる。
私がこんな風に焦らしているのは、悪戯心からではなく、最後の悪足掻きだ。
この時間が、もう少し続けば良いと思うのに。



「私の事、ですね」



そう言葉にしてしまえば、目の前には、とても嬉しそうに笑う黄瀬くんがいた。



少女Dから少女C
(その違いは、一人の少年に愛されたか、否か)