そしていつかの君へ


剣城は歩きながら電信柱ばかりを数えていた。この次の柱を過ぎたら話を切り出そう。そう思いながら一体何本見逃してきただろうか。そんな情けない自身にため息をつき、ふと隣で歩いている霧野を見る。手には今もらってきたばかりのリボンのついた長めの筒。胸には朝から付けたままの花飾り。


「……ボタン、結構なくなりましたね」

普段はきちっと着こなしているはずのブレザーにはボタンがなく、前が閉められない状態だった。中のワイシャツにも所々ボタンがとられた形跡がある。しかし当の本人は剣城に言われて初めて気付いたといった風に自身の上着を見て苦笑していた。


「ああーそうだね。みんな強引にちぎるから汚くなっちゃったよ」

「霧野先輩大人気じゃないですか」

上から二番目のボタンがあった場所にはもう既にそれはなく糸が絡まっているだけだった。そのことに今更胸が押し潰されそうになる自分をこらえるのが精一杯で、その顔を見ることができなかった。

霧野先輩はこの町から少し離れた大学に行くと聞いた。だからあまり会えなくなるだろう。会える機会がなくなるというのはチャンスさえなくなるということ。だからなおさら、言っておかなければいけない。


「あの……っ…」

いざ言い出そうとすると言葉に詰まる。こうなるならあの何本か前の電信柱で告げておくべきだったと、意味のない後悔ばかりが胸をよぎった。

気持ち悪いと言われるだろうか。それとも思春期の一時的な思慕だと笑われるか。どちらにしろ告げてしまった先にいい返事はないだろう。だからこの季節に言おうと思ったのだ。別れと出会いが繰り返される今ならきっと新しい次のスタートがきれる。

とそこまで考えて、まだ気持ちも伝えていないのに勝手に失恋した気分になっている自分に気付き、慌てて顔をあげる。


「…先、輩……!」

そう言って立ち止まった剣城の頬をふいに春の柔らかい風が優しく撫でていった。その風の行方を目で追う。すると青い芝生の生い茂る、もう見飽きてしまったあの広い河川敷だった。二つのゴールと簡単な線だけが相変わらずある。学校からこんな所まで二人で歩いてきていたなんて。考えるだけで胸が締め付けられるようで上手く呼吸ができない。すると剣城の目線を追ってその河川敷を視界に捉えた霧野は突然目を輝かせて言った。


「剣城、サッカーしよう!」

そう言って剣城の腕を掴み下に駆けおりていく。その顔は無邪気な子供のようで、掴まれた腕の感覚が変に敏感になって戸惑うことしかできなかった。

一つのサッカーボールを挟んで向かい合う。中学の頃には自分の方が高かった背。しかし今では見上げる程の差をつけられてしまった。しみじみと目の前の霧野を見上げ、剣城はボールを蹴り始める。

そういえばあれから霧野は少し声も低くなった。中学の頃から長かった髪は髪型こそ変わらないがさらに綺麗に伸びたし、仕草も段々大人になった。そう思う度、置いていかれた感じがして切なくなったなと、剣城は思った。自分だって少しは背も伸びたし大人に近付いた。けれども霧野は明日から本当に違う世界に行ってしまう。追いつく間もなくいなくなってしまう。ボールを蹴る足を止めずに剣城はちらりと霧野の顔を見た。幼さは残るものの、大人らしいきちんとした雰囲気を漂わせている。そんな彼に追いつけず、自分はただ置いていかれるだけだなと他人事のように思った。

そして剣城は走ってくる霧野をボールをキープしながら待つ。正面にくる相手をかわし、抜き去る。霧野相手だというのにあっさりディフェンスをかわせたことに疑問を感じたのか、緩やかにボールをゴールに蹴り、それと同時に剣城は後ろを振り返った。


「霧野先輩、本気出して下さいよ……」

そう言って振り返った先の霧野の視線はこちらではなく、先ほど卒業したばかりの、遠くに小さく見える彼の母校に注がれていた。


「そういえば、学校の桜まだ咲いてなかったな」

「……桜の時期には少し早いんじゃないですか?」

「だよなー。……桜は卒業する俺を見送ってはくれないんだな」

拗ねたように言う霧野は剣城が思っていた以上に幼くて、思わず頬が緩む。


「何言ってんですか……咲かないわけじゃないんですから」

「だって……綺麗だもんな校門傍の桜」

慈しむような目で遠くを眺める霧野を見ていた剣城は、心が溶けていくのを感じた。告白だからといっていちいち形式ばらなくていい。いつも感じているむず痒いような感情をそのまま吐き出せばいい。そうすれば言葉が自然と出てくるように思えた。そして決心したように深呼吸を一つして、霧野の横顔に一言。


「好きです」

胸からするんと落ちてきた言葉はシンプルで飾り気のないそれだった。霧野がゆっくりと振り向くのが分かる。


「……それは」

言いかけて、霧野が剣城の方へと歩いてくる。元々それほど空いていなかった距離はすぐに詰められてしまった。


「……気持ち悪いならそう言って下さい。嫌だって言われた方がいいです」

俯きながら剣城が呟く。最初からいい返事など望んでいなかった。それを覚悟で好きになって想いを告げたのだから。しかしそんな思いとは裏腹に、俯いた剣城の目の前に差し出されたのは金色に輝く小さなものだった。


「ボタン……? 先輩の…」

「第二ボタン。初めに取っといてよかった」

剣城が顔を上げると、泣くのを懸命に堪えて笑う情けない顔と目があった。


「……剣城に告白できなかったら、これ捨てようと思ってたんだ。先に言われちゃうなんて…」

かっこわるいよな、と霧野が笑う。

「剣城との今の関係が壊れたら、ましてや拒絶されたらなんて思ったら言い出せなかった……」

一方、そんな戸惑いがちに話す霧野を見て、剣城は安心していた。そんなの自分だって何度気にしたか分からない。けれどその姿を無意識に目で追ってしまうし、相手のことを考えると胸が締め付けられたり、あたたかくなったりする。「相手」だからそう思える。それは何も悪いことじゃないのだから。


「……俺だって、霧野先輩がどっか行っちゃうんじゃないかって。卒業したら会えないから言うしかないって…」

「……どこにもいかないよ。剣城の隣がいいもん。卒業して会えないのは寂しいけど…」

もう遠くだと思っていた霧野が自分の傍がいいと言ってくれた。気持ちを伝えてよかった。好きになってよかった。そう思うと剣城は胸から溢れるものを抑えることができなかった。


「何で剣城が泣くの? 卒業したの俺なのに」

「…だって、先輩が泣かないから…」

「……ありがとう。好きだよ」

そう言って初めて抱き締められた恋人の腕は温かくて、今から訪れる春のうららかな暖かさを思い起こさせた。腕の中から見る学校は新学期には桜が咲き乱れるだろう。いつまでも彼の温かさを忘れぬよう、剣城は祈るように目を閉じた。



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蘭京の高校卒業話。少女漫画をイメージして書いてみましたw正しい男前と乙女を目指したはず!


12.04.04

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