「はいっ。これが天馬、それが信助と狩屋で影山くんの!」
「ありがとう葵!」
そう言って手渡しされる可愛らしくラッピングされた小さな袋。
「一応手作りなんだからね。」
「バレンタインの収穫はこれだけになりそうだなー。」
「ちょっと狩屋、これだけって何よ! 充分でしょ。」
甘い香りのするチョコレートトリュフが二つ三つ入った袋。今日は待ちにまったバレンタインだった。
「そうだよ狩屋。これだけなんて失礼な! 本命からもらえないだなんて……バレンタインを待った甲斐がないよ!」
「あー……そう思ってるのは天馬くんぐらいだから安心して。」
天馬がきょろきょろと辺りを見回すが、全然姿が見えない。大げさにはあとため息をつき、手の中のチョコレートに視線を落とす。
「……剣城の…チョコ…」
「剣城くんにも渡そうと思ってたんだけどー…」
「今日の部活で渡したら?」
「そうねー影山くん。じゃあしまっとこ。」
「まあ天馬くん、まだ半日しか過ぎてないんだから希望はあるよ。」
「そうだよ天馬!」
「そんな適当な励ましって……」
そんな声の溢れる賑やかな昼休みの教室。正反対に屋上に向かう階段はひどく静かで、昼休みの生徒の談笑しあう声や楽しげな雰囲気がうそのようだった。人があまり使わない屋上に向かう足音が一つ。カンカンと無機質な音を立てて一段一段上っていく。
「……大丈夫かな…」
何やら大きな箱を両手で大事そうに慎重に屋上まで運ぶ剣城。教室での会話など知らない剣城は一人楽しそうな顔をして先を急ぐ。そしてやっと階段を上りきって目の前のドアノブに手をかけようとした時。反対側から勢い良くドアが開けられた。横をすり抜けていく冷たい風。それに肩を竦め危うく箱を落としそうになりながらも剣城は目の前の人物に鋭い視線を送った。
「っ……危ないじゃないですか…」
「ああ…ごめんごめん。」
丁度逆光で影がかかり顔は窺えないが、その笑顔の爽やかさは間違いなく霧野先輩だった。
「その手に持ってる箱は何? バレンタインだから貰い物か。やっぱすげーな…」
「ちっ違います!……自分で作ったやつです…」
「ほおー。誰にあげるんだ?」
「兄さんに。欲しいって言われたので。」
でもいざ作って持ってきたらかさばって、と箱を持ち直す剣城。
「チョコレートケーキです。まだ自分で味見してないからしようかと。」
霧野は興味深そうに剣城の手の中の箱に視線をやる。
「……じゃあ俺にもくれよ。」
「……は?」
「味見するんだろ? じゃあ俺も。」
にっこりと手を差し出す霧野。それとは反対に顔を赤らめ首をふる剣城。
「あああげませんよ!」
そう言いながら後ずさりする。
「っ……あ…」
しかし一歩さがった先は階段。後ろ向きに踏み外した剣城の身体は宙に浮き、ケーキの箱は手から離れくるくると空中に弧を描く。
「……つ、るぎっ…」
剣城の目に映ったのは霧野から差し伸べられた手。その手に無意識に自分の手を伸ばしていた。痛いくらいの力で手を握られ引っ張られる。けれど身体は重力に従い落ちていく。引っ張った反動で霧野の身体まで宙に放り出される。
「霧野、先輩…」
しかしその身体は剣城をしっかりと抱きしめていて回転しながらゆっくりと落ちていく。
「……っいたあー……」
そしてどさりと鈍い音を立てて床にぶつかった。
「大丈夫ですか? 俺を庇って…」
「大丈夫大丈夫。」
丁度剣城が霧野の上になるような形で落ち、上からどいた剣城に抱き起こされる。
「けがはないよな?」
「はい……。」
「なら良かった!」
「また……助けてもらいましたね。」
剣城はいつかの保健室のことを思い出していた。グラウンドで転びそうになった自分を保健室まで運んでくれた。そして今も身をていして守ってくれた目の前の先輩の顔をまじまじと見た。
「……霧野先輩って、王子さまみたいですね。」
「……?」
「いっいや! 何でもないです…。」
「それより剣城……ごめん!」
そう言って霧野が肘をどかすと下敷きになって箱の半分がへこんでしまったケーキがあった。
「いいですよそれくらい。」
「ごめんなー」
「潰れた側でいいなら……食べますか?」
「いいのか? じゃあ食べる!」
立ち上がった剣城は甘い匂いのする箱を持ち上げ中を確認する。
「今日は豪勢なお昼だな。」
「そこまでのものじゃないです……。」
屋上は適度な風が通り、チョコレートの香りを纏ったその風が木々を揺らしながら吹き下ろすのが何とも心地良かった。
「兄さん、言ってたケーキ作ってみたんだけど…」
「ああ! ありがとう京介。…ん? 箱がへこんでるようだけど、ここに来る前何かあったの?」
「えーと……それに近いものがあって半分潰れちゃったから、食べてきた。」
「ふーん…。……本命にあげてきたってことはないんだね。」
「なっ何言ってるの兄さん! せ、先輩と一緒に食べはしたけど……。」
「それならまだ兄さん安心かな。」
「……?」
「うん。無意識ならべつにいいんだ。」
「兄さん何言ってるの…? そっそれより早く食べてみて。」
「いただきまーす…。」
02.13