冷え切った外気。ポケットから放り出された手の感覚は寒さのせいでとうになくなり、手に吹きかける息は生温い。
肩を震わせる俺の横、二つに結った髪の毛を左右で揺らして歩く先輩の、くすくすという笑い声が耳に届いた。
「……何がおかしいんですか?」
「……え? いや…寒そうだなと思って。」
「……霧野先輩はあったかそうですね。」
「まあね。」
そう言って肩を竦める霧野先輩の首には淡い暖色系のマフラーが巻かれ、手にはこの季節によく見る形の小さなカイロが握られていた。
「今日は午後から冷えるって聞いたからな。防寒はばっちりだぞ。」
「そうですか……」
白い息を吐きながら肩口に顔を埋める。温度を持たない風が頬を掠める。それに思わず足を止めた。俯いた先には冷たい色をしたアスファルト。見ているだけで身が凍えてしまいそうだった。
「剣城……お前こんな日に何もつけてこないなんて……ほんと馬鹿だな。」
俺に合わせて立ち止まったため息混じりの声に恨めしげな視線を返す。
「あったかそうな霧野先輩が隣にいるから余計寒いです。」
「失礼だなお前は……」
「だって…」
「分かった分かった。俺が悪かったから……」
子供をあやすような口調でそう言いながら頭をぽんぽんと撫でられる。
「………何してんですか…」
「剣城の髪、綺麗だな。」
「先輩だって…」
「でも髪の先まで冷たくなってる。顔だっていつも以上に白いし…」
すると首の後ろからふわりとマフラーが回された。突然のことに驚いて横を見ると、いたずらっ子のようにはにかんだ霧野先輩と目があった。
「これ、先輩の……?」
「いいのいいの。俺にはカイロがあるから。あったかさのおすそ分けだ。」
マフラーを前で結び直して、一つ息を吐き空を仰いだ。見上げた空には冬独特のすじ状の白い雲がかかっていて、太陽の出る幕など一切ない。上に向かって息をはくと、まだそれは白いままで。そしてまた冷え切った風が横を通り過ぎていった。
「……まだ寒いですよ…」
「じゃあ、」
再び歩き始めた霧野先輩に手を握られる。冷え切った俺の手を握る霧野先輩のそれはさっきまでカイロを持っていたせいか、燃えるほど熱くやけどしそうなほどだった。
「何か温かいものを奢ってやるから、商店街寄っていこう。」
「は……?」
「どちらにせよこっち方面に帰るんだからさ。」
先輩の申し出に変な遠慮はするなよ、と俺の返事を聞かずにぐいぐいと進んでいく。何となく楽しそうなその背中につい笑みが零れそうになる。そしてため息を一つついて小走りで隣に並ぶ。
「商店街で何か買ってください。」
「ん? そんな話だったっけ。」
「いや、せっかくなんで。」
「はあ……仕方ないなあ。」
試しにお揃いの手袋でもねだってみるかと思いながら、握る手に力を入れた。
─────────────
冬の霧野先輩と剣城後輩。この二人にはいつか女子みたいに髪の毛触りあってほしいです。
12.01.09