薄暗い病室。ベッドの傍の安気ないパイプ椅子に腰掛けた。
「……京介、どうしたの?」
首を傾げながら聞いてくる兄さんの口調はとても優しくて、思わず泣きそうになった。俺が落ち込んでいる時は必ず、兄さんは穏やかにそう問いかけてくる。
「……べ、つに…」
けれど、兄さんは俺に答えを望んでいるわけではない。だからこれは、確認みたいなもの。
「……そう。なら、いいんだ」
そう言ってシーツに投げ出した手を握り締められる。兄さんの柔らかい温度が心地良い。
兄さんは決して俺の気分が沈んでいる原因を聞いてはこない。きっと俺が兄さんに言えないことで葛藤しているのが分かっているから。だから余計、この温度が温かくて後ろめたい気持ちが募っていく。
「…………。」
兄さんはそれから何も言わなかった。ただただ窓の外を見つめたまま俺の手を握って。外に輝く暑い日差しが薄暗い病室にまで入り込む。
フィフスセクターに逆らって、自分の好きなようにサッカーができるのは嬉しい。けれど、少なからず俺にはフィフスセクターへの感謝もある。俺が今ここにいられるのだってそう。兄さんだって衣食住に何不自由なく暮らせていて。そんな恩を全て仇で返すような真似をしている自分に罪悪感を感じずにはいられない。
そしてしばらくの沈黙のあと、
「……京介、」
ふと、ぽつりと独り言のように兄さんが俺の名前を呼んだ。まだ視線は窓の外。
「な、何? 兄さん」
そう問いかけると、兄さんはこちらに振り返り、
「無理しなくても、いいんだぞ?」
「………っ、」
悲しそうな顔で笑った。
ああ、やっぱり兄さんには隠しきれない。俺の心の暗い部分なんて、兄さんには見え透いていて。そんな顔をされたら、溢れ出てしまう。
「京介がしたいようにすればいいし、俺もそうしてほしいから。だから、自分だけで抱え込まないで」
けれど、それ以上のことには言及せずにただ俺の不安が消えるようにと最低限の言葉だけくれる、そんな、兄さんの優しさが心に染み入るようだった。
「……兄さんには、かなわないや」
「ふふ、俺に勝とうなんて百年早いよ?」
そうおどけてみせる兄さんの手を、縋るように握り返した。溢れ出る不安を抑えられない自分はなんて弱いんだろう。でも、
「……もうすこし、このまま……」
「今日は甘えたい気分?」
「そう、かも……」
この温度が感じられるならそれでもいいと思った。きっと俺はこの優しく柔らかい手のためなら、何でもできるから。
─────────────
不安に苛まれる京介と包容力無限大兄さん。兄さんの優しさは世界を救うと思います!
11.09.19