日射


練習後にいくら拭っても吹き出してくる汗が玉となり肌の上を滑り落ちた。天馬がその汗を吸ったワイシャツの首元を鬱陶しそうな表情でバタバタと動かすと、つられて肩に掛けた学生鞄も左右に揺すられてしまうのがおかしかった。
道に注がれている日差しはとても容赦がない。先ほどまで走り回っていたグラウンドでも暑くて汗をかいたけれど、ボールを追う楽しさに比べると気にならないさわやかなものだった。

「練習終わったって言うのに汗だくにならなきゃいけないなんてね」

「夏だからな」

手に持ったままだったスポーツタオルを天馬に投げ渡すと素直に受け取りぐいぐいと首筋を拭った。

「夏休みの部活が始まるまでバテるなよ」

「分かってるよ」

今日で休み前の部活は終わり。けれど休み中にも練習はあるらしく、それは今日から一週間後に始める予定でその間に特別メニューを考えるとかなんとか。今日の部活終わりに予定表が配られ、その横では円堂監督や音無先生たちが顔を突き合わせて相談をしていたのだった。

「剣城は夏休みどこか行くの?」

「今の所予定はないな。兄さんもいるし部活もあるし」

「そうだよね」

「お前は?」

「俺はねー……迷ってる」

秋ねえに言って沖縄に行かせてもらおうかなって。何とはなしにそう言って、歩きながら俺のスポーツタオルを腕に巻きつけくるくると遊ばせている。

「練習始まるまで一週間あるからさ、その間だけでも」

降り注ぐ日差しがずしりと重かった。それに従い足も動かなくなりついには立ち止まってしまった俺に、くるりと天馬がタオルを翻しながら振り返る。

「大丈夫? 剣城こそもう暑さにやられてたらこれからどうするの」

「そうだな。そしたら一週間、町にいないのか」

「そうなるかも」

天馬が沖縄に行くとしたらその間、サスケの散歩をする天馬とすれ違うことも河川敷で一人ドリブル練習に勤しむ姿を見ることも一緒にサッカーをすることもない。毎日学校のある日々とは違い夏の長い休みがこれから始まる。楽しみなようでいてそれ以上に寂しかった。
もちろんいつも以上に兄さんとの時間も取れるし普段できないことにも時間を割ける。けれどいつしか俺の日常に溶け込んでいた雷門サッカー部でのサッカー、天馬とのサッカーがこの夏休みの間だけ、ぽろりと抜け落ちてしまうのではないか。いつしか俺の心の大切な所までも占拠していたそれらを少しでも見失うことがとても恐ろしかった。

夏の日差しに脅されていた。夏休みだというのに浮かれることのできない俺の背中にべったりと纏わりつく。このまま家に帰ってしまいたくない。一人の休みを始めてしまいたくない。

「個人練習付き合ってもらおうと思ってたのにな」

アスファルトからの照り返しが眩しくて顔を上げると、天馬の夏の日を含んだ瞳が俺を見つめていた。つうっとまた首筋に汗が滑っていくのが見えた。今からでも商店街でアイスを買って河川敷のベンチで食べようか。

「剣城はサッカー好きだね!」

「天馬には負けるよ」

「好きに勝ち負けもないよ」

「それはそうだ」

温い息を吐きながら再びタオルで汗を拭う天馬。立ち止まってしまった俺の方に駆けてきて隣に並び直すとぽいっとタオルをこちらに投げて寄越す。それに慌てて両手を差し出すとひらひらとタオルは手の中に収まった。

「じゃあさ、沖縄、一緒に行こうよ」

そうして前に出した俺の片腕をぐいと掴み自分の方に引き寄せながら天馬が囁く。密着した手は熱くしっとりと汗ばんでいた。

「一緒に行って、一緒にサッカーしようよ」

「本当に?」

「本当に。それなら剣城も寂しくないでしょ?」

「……お前には全部分かってるんだな」

天馬の目には俺のささやかなわがままなんてお見通しだったのだ。一人でいたくないのは一人より誰かといた方が楽しいというのをこいつに教えられたから。そして何よりも誰よりも俺はこいつと一緒にいたかった。
すっかり水分を含み重さを増してしまったスポーツタオルを片手に持ち直し、空いた手で天馬の汗ばんだ手を握りしめる。二人の間で少し影になっている分、繋いだ手は少し涼しいような気がした。

「俺も同じだから。サッカーできないと退屈だし、剣城がいないと落ち着かないもん」

一週間って意外と長いからね。強い日差しで分からないよと言ってそのまま軽いキスを交わした。

「剣城って案外寂しがりやだし甘えん坊なんだよね」

「悪かったな」

「全然! 俺も同じ」

「そういえば沖縄、行ったことないかも」

「そうなの? いっぱい良い所あるから案内するよ。その代わりきっちり練習付き合ってね」

「望む所だ」

相変わらず濃密な夏の日差しに晒されながらも息苦しい重さは感じなくなっていた。楽しい夏が待っている。



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天馬くんと離れたくない京介くんのお話。
二日遅れたけど天京の日おめでとう!


15.08.12

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