笑っている徳田が見たいタグ絵より派生
庶民派と童話組






君ねぇ、と言って眉を寄せるその人に、まぁいいですやんと応えて椅子を引く。
左右に新美と賢治、そして向かいの作之助にに挟まれた秋声は溜め息を吐いて「途中で笑ったりしたら承知しないから」と前置いてから賢治から渡された本を手に取った。
今日は新美と賢治、ふたりからせがまれて秋声が本の朗読をする日なのだ。元々は彼らも乱歩や啄木、牧水といった親しい面子に頼んでいたのだが、柄ではないと逃げられたところを通りかかった秋声が引き受けたことから始まった。忙しい秋声にはいつも甘えられないふたりの、月に1度のお楽しみというところだ。それに便乗するおさげが一匹。
「……これは、」
渡された本を見て秋声はぱちぱちと目を瞬く。その本の作者は「新美南吉」──何を隠そう、目の前の片割れではないか。ちらと見る秋声の視線に普段の三割増しで輝く笑顔を向けた。
目の前で自分の作品を読まれるのは恥ずかしくないのかな、と思う秋声は、きっと同じことをされたら憤死してしまうだろう。しかし、本人が承知しているのならいいだろう。
秋声は表紙をめくった。




存外に秋声は朗読が上手だ。左右からにょきにょきぎゅっぎゅっと新美と賢治を侍らせながら語る声は一音一音がはっきりとしていて聞きやすい。穏やかな低音が物語の中では楽しげに、悲しげに、感情豊かに響くのだ。
真正面からそれを見ていた作之助はただ感心するのみである。新美と賢治から聞いてはいたが、確かに上手い。子の子まで育てた経験は伊達ではないのか、会談話などは低く低く恐ろしい語り口の後に唐突に左右のこどもの体を揺さぶって驚かせたりと芸も細かいとも聞いた。
そしてなにより──その表情がとても穏やかだ。
「あのね、秋声さんがご本読んでくれるとね、すっごくすっごく優しいお顔をしてくれるの」
くふくふと嬉しそうに笑い、作之助の耳に手を当てて内緒話をする新美にそうなんやねーと言いながらもじわじわとじわじわと気になって、ついにはお邪魔することにした作之助である。
文字を読む伏し目の睫毛の影。窪む目蓋の丸み。ページを捲る横顔に浮かぶ微笑。本人も内容に一喜一憂する様がその柳眉に見て取れた。
ちら、と新美が秋声を見上げる。彼は穏やかに自身の作品を読み上げる秋声に頬をとろりととろけさせた。
嬉しいとか、
楽しいとか、
誇らしいとか、
いろんな感情が今あの小さな体に駆け巡っているのだろう。
それをひとりだけ前から見てしまっている自分だけが知ってしまっていいのかと言う葛藤。
(……いや、)
こてりと秋声の肩に頬を預けてきた新美にちらと目を向けた秋声が、首を傾げてその頭にこつんと自分の頭を当てて応えている。
それはきっと新美の心を感じ取っているのではないか、と作之助は推測する。あのにぶちんのことだから、新美が著作を読んで貰うことや構って貰えることだけを嬉しいのだと考えているのかも知れない。
そこに「秋声だから」ということが含まれていないのかも知れない。
それでもそこには親愛があり、信頼があり、慕い慈しむふたりの満足する姿がある。作之助が口を出すことではないのだろう。
「めでたしめでたし」
ぱたんと音を立てて本を閉じると秋声は言った。
飛び付いてくる小さなこどもがふたり。伸びた4本の腕にもみくちゃにされて、秋声は情けない声を上げながらもその声音は楽しげに響く。
「秋声さん、秋声さん!ありがとう!」
「秋声さん!今度は僕のご本も読んでね!」
「分かったから!分かったからちょっと落ち着いて…!」
テンションの高い子犬にまとわりつかれ、踏むのが怖くて動けなくなる人みたいにされるがままの秋声を見ているのがおかしくて、作之助はついくつくつと喉を鳴らして笑ってしまった。
「……オダサクくん、」
ムッと唇を尖らせ、その首に新美と賢治をくっつけた秋声に睨まれても全く以て怖くもない。それどころかあまりにも可愛らしくて、どうにか喉で収めていた笑いが遠慮なく漏れ出でた。
「もうっ!笑ったら承知しないと言ったじゃないか!」
「ケッケッ、んな、ふふ、読み終わった後やないですかぁ、無効ですやんっヒッヒヒッ」
「ああもう!覚えておいでよ!」
「ひええ、怖〜〜〜!」
笑う織田に茶化されているとしか思えない秋声の眉が、どんどんつり上がってくる。怒らせたい訳ではないが、しかしどうしても笑いが出てしまうのだ。
「…そうだね、今度はオダサクくんに読んで貰おうか」
「エッ」
秋声の唐突な提案に作之助は目を丸くした。
「僕だけ披露するのは不公平だからね。ふたりとも、良かったね。今日はオダサクお兄さんも構ってくれるよ」
そう言ってくりくりとふたりの頭を撫でる秋声に作之助は狼狽えるしか出来ない。
──オダサクお兄さんって……!
萌えるやろがっていや、違う。いや違わないけど、そっちじゃない。つまり自分も朗読をするのだろう。うわ、心の準備どころか、朗読をどうすればいいのかも分からない。
「ええ〜オダサクさん〜?」
「オダサクさんかぁ…」
「エッちょっま、え?なんでそんな嫌そうなん?え?傷付くんですけど……」
朗読をする展開も予想外だが、まさかふたりに嫌がられるとは思っていなかった。心が痛い。思わず標準語が口から飛び出す。
愕然とした作之助を見て今度は秋声がくすくす笑い出す。そして、値踏みするように作之助を眺めていたちびっこも、耐えきれぬように噴き出して「仕方がないなぁ」と笑い出した。
「じゃあオダサクさんはこれね。お試しだよ」
「お試しってすっごい上からやん……えっ待って、ごんぎつねハードル高ない?お兄さん、もっとドカーンズカーン系のが得意なんやけど…」
「ドカーンズカーン系ってなにさ…」
新美に渡されたしんみり系課題本にまたも作之助は狼狽える。口走った言葉に秋声は呆れたように眉を寄せるも「ありますやん勢いだけの本……うんことか」と切り返される。
ご存じだろうか、絵本「うんこ」。多分合っていたと思う。もしかしたら「うんち」だったかも知れないが、まぁ些末だろう。確かページを繰る度にいろんなうんこが出てくる本の筈だ。推奨年齢3歳程度の絵本である。あれには勢いしかない。〇〇のうんこ、としか書かれていないページを音読するつもりだろうか。そんな本を朗読本の例として挙げる作之助の気が知れないが、しかし、男はいつまでも少年の心を持っているから仕方がないのかも知れない。
「ええ…じゃあ読ませて貰いますわぁ…」
きょどりながらも宣言し、ちらと前を見る。ぴっちりと秋声にへばりつくちみっこふたりはそこから動こうとはせず。
「……こっち来てくれはるとかないん?」
「ええー折角秋声さんのお隣なのにぃ」
「お試しのオダサクさんじゃあねぇ…」
「辛辣!めっちゃ寂しいやんワシがそっち行きますぅ!」
寂しい両脇と前からの圧に怯んで言えば塩対応。大袈裟に涙を拭う動作をして、オダサクは自らがテーブルを回り秋声の隣についた。元は賢治が使っていた椅子であるが、秋声に引っ付いていた為空席だったのだ。
「賢治くん、ワシのお膝きぃひん?」
「えー、オダサクさんのお膝、骨と皮でごりごりしてそう」
「ヒドイ」
なにか自分はこの子らにしてしまっただろうか。なるべくにして可愛がっていると思っていたのだがあまりの塩対応に本気で涙が出そうだった。秋声朗読会の秘密を暴露されたのは自慢したかった半分と、オダサクへの信頼かと思っていたが実はそうでなかったらしい。とほほ。
確かに今日、ふたりのお楽しみに邪魔をしてしまったが──
「秋声さんのお膝は座り心地いいんだよ」
「……それは、僕の膝は贅肉でクッション性がいいということか……」
天使のような悪魔の笑顔。新美の補足したそれは流れ弾となって秋声に突き刺さる。彼はどんよりと肩を落とした。
「でもまぁ、仕方がないね。オダサクさんのお膝で我慢してあげる」
「そらほんまおおきに」
ぽんとオダサクの膝に乗った賢治はもぞもぞと座り心地のよい位置を探すと、ぱっと振り仰いで輝く笑みを浮かべてくれた。
がこがこと椅子をオダサクの方へ動かした秋声は密着した彼の肩にとんと自分のをぶつけて応援とし、膝に新美を乗せた。
4人の間に本が置かれる。
「それじゃあ」
そういって開かれた表紙。朗々とした声が文字を辿っていく。
非日常の今生。異常な本とそれを浄化する使命を持つ己たち。
それらに囲まれた日々の、なんの変哲もない今日みたいな穏やかな日こそを逆に非日常と呼ぶのかも知れない。
それでも守られた本がそこにあり、本を楽しむ者がいて。
こんな穏やかな日々を守るために戦うのなら悪くはないな──と思うわけです。



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -