文アルモニタリング
「自分のことを好きな人を10人挙げないと出られない部屋」






「司書さん後で覚えておいでよ」
「ヒエッ」

なにもない空間にただひとりぽつんと閉じ込められた秋声の恨み言は、確かに犯人の心胆を凍らせた。
なにもない、とは言ったが、そこには真ん中にぽつんと机があり、その上のマイク、スピーカー。それと椅子が1脚だけ。司書の声だけはするが、秋声は自分が他の仲間にモニタリングされているとは全く分かっていなかった。
彼はマイクの乗った机の、セットの椅子を引いて座ると躊躇なくマイクに触れた。

「自分のことを好きな人、ね。…………花袋」
「トーゼンっしょ!」

一番に名前の挙げられた花袋はヨッシャとガッツポーズをして喜んだ。その肩を左右から独歩と藤村が殴り付ける。ドッ、と地味に重い音がした。

「あとは島崎と国木田、かな。それにオダサクくんも。あと構われに来てくれる程度には好いてるだろうから、賢治くんと南吉くんもかな」

「ふふ…」
「よっしゃ!」
「勿論っすわ秋声サン!」
「なんだか評価が腑に落ちないけど……僕も大好きだよ秋声さん!」
「僕も僕も!」

さくさくと答えて6人目。
しかしここで微妙に答えに詰まってしまった秋声に、若干2名からゆらりと怒気がにじみ出る。

「そうだなぁ」

シンキングタイムが針の筵。勿体振った言葉に空気がちりりとひりついた。

「うーん。……川端さん、かな。有り難いことに僕の本を好いていてくれているらしいし。あとは…そうだな、なんだかんだ白鳥も僕のこと好きだよね」

「………!」
「………!」

名前を挙げられたふたりは同じく息を飲んだものの全く違う反応を返していた。
川端は常の温度のない顔を喜色に染め、きらきらと目を輝かせているのに対し、白鳥は苦虫を噛み潰したような顔で舌打ちをひとつ。でも嬉しいのはわかってんだよ素直になれよ。
しかしこうして残り2枠となったところで、余裕と不安に揺れるふたりがハハハと声を上げた。

「こやつめハハハ、大恩あるこの師匠を最後に回すとは全く可愛くないないやそこが可愛いところであると我は思っておるがなハハハ」
「ハハハ秋声、弟弟子の分際で私や紅葉先生を差し置き他を優先するなど後で叱ってやらねばなりませんねハハハ」

「かなり煮詰まっとるやん」

オダサクの突っ込みはふたりからギロと睨まれて勢いをなくす。おーこわ。触らぬ神に祟りなし、と。
そしてついで秋声が答えた人物は──

「堀くん、かな」
「えっ僕ですか!嬉しい!……けど」

嬉しそうな声を挙げたものの、不安そうにちらと背後のふたりを振り返る。…………顔が虚無だ。

「え、えー、徳田先生。なんで堀くんなんですか?」
「ん?司書さんかい?そりゃあ……堀くんが特定の誰かを嫌いそうにないからだし、それなりに仲良く出来ていたつもりだからね」
「うわぁ、好意的な消去的選択…」
「流石秋声だな!」

秋声の返答に引き気味の司書と、からりと笑う花袋。「普通に好きですよ、秋声さん…」と堀は少し寂しげに笑う。あとできっちり訂正して分からせてやらなくては。
さても最後は一枠となり。
最早般若の美女♂と美少女♂がモニターを無言で睨んでいた。

「そうだなぁ、最後は──司書さん」
「はい?どうしましたか」
「いや、最後の一人は司書さんかなって」
「……!」

嬉しい気持ちと共に、背後にあった殺気、のようなものがシュンと萎んでしまって逆に怖い。

「万年助手だからね。嫌いなやつを選びはしないだろう?」
「先生はもっと普通に好意をみとめてくださいよ」

好意的な消去的選択が、賢治、南吉、堀、司書と4枠も占めてしまっている。彼らしいと言えはするが。
いや、それが彼の照れ隠しだとわかってはいるけれど。

「えーっと……ちなみに、師匠や兄弟子をお選びにならなかった理由を聞いても?」
「ん?そんなの……そもそも鏡花が僕のことを好いてる筈がないだろう?毎日毎日小言ばかり。僕に不満があるのは分かるけど、全く、いい加減にしてほしいものだね」
「ウッ……!」

疑いもなく純粋な、逆方向への信頼が鏡花の胸を抉った。
小言は好意の裏返しであるのだが、拗れた関係の所為か正確には伝わっていない。自業自得と言うものだ。
そして萎びた鏡花の次は紅葉の番である。紅葉はごくりと生唾を飲んだ。

「師匠は、僕は好きだし、尊敬しているけれど。僕は客分でしかなく、教えもまた全部を飲み込めた訳でもない。こんな僕が、師匠に好かれているなんて思い上がりは出来ないよ。そら、もういいだろう?そろそろ出してくれ」

紅葉は顔を押さえて呻いた。
確かに秋声は紅葉の教えの下では伸びなかったが、それは互いの方向性の違いによるものであり、後に秋声が大成したのを知り安堵したものだ。
今はまた教えを乞いに来てくれてはいるが、その必要もないのではないかと思わなくもない。文豪として彼らはとうに同等であり上も下もないのだ。
が、それもまた上達への道であり、交流の道なのだろうと紅葉は自身の精進も兼ねて受けている。
……しかしこう思われていたのならば、きっともっときちんと好意を示しておかなければならなかったのだろう。弟子共々。
消沈するふたりを前に苦笑気味に司書は言った。

「ちなみに…もしも他にってなってたら誰を選びました?」
「まだ続くのかい、この話題。そうだね、菊池さんは考えたよ。気さくな人だし。あとはプロレタリア3人組にはそれなりに餌付けをしているから嫌われてはいないと思うけど」
「餌付けって(笑)」
「まぁ、師匠の管理不届きの賞味期限間近のお菓子とかね。ああ、こうなると彼らが好くのは師匠かな?」

「違う!」
「僕たちはお菓子がなくても!」
「秋声さんが大好きたい!」

確かにお菓子は好きだけれど。お菓子をくれるからではなく、穏やかな人柄が気に入っているのだ。確かに卑屈で、今みたく好意を好意として受け取ってくれないところはあるけれど!
それでも!大好きだから!
と三人はそう吠えた。
ちなみに菊池はふははと誇らしげに笑っている。

「露伴先生は如何です?」
「露伴先生は…良くはしてくださるけど、師匠たちのことがあってだと思うし」

「秋声………」

「っていうかさ。今の今まで質問に答えてみたものの──そもそもさ、この図書館で本当に駄目なくらい誰かを嫌いな人なんている?」
「へ?」
「心の底から皆が皆を大好き愛してるなんて言えないのはわかっているけれど、皆が皆、それなりに許容し合って、それなりに嫌なところはあってもそれなりに好きなところがあって、そうやって過ごしているだろう?司書さんがなにをどう判断しているかは知らないけれど、結局のところ、誰の名前を挙げたってこの部屋は出れるだろう?」

強いて言うなら僕と鏡花くらいじゃないか?
太宰くんと志賀くんは構ってほしい弟とつんでれに振り回されるお兄ちゃんと言う感じだしね。
付け加えられたそれに改めて鏡花は撃沈し、顔を真っ赤にする太宰をにやにや顔の織田と安吾、志賀が囲う。

「確かに…そうですね……」

盲点だった、と司書は愕然と言った。バカだなこいつ。

「いやでも、誰が一番最初に思い浮かぶかとか結構重要かなって思ったんですよ。先生の、花袋先生が一番目とか、続く自然弓の皆さんとかすごいほっこりさせられましたよ!」
「ああそう、君が楽しめたなら良かったかもね?」

わっふわっふと意気込む司書に秋声は微苦笑を返す。
ようやく部屋から出れた秋声は、花袋や独歩や藤村や、に抱き着かれてモニタリングされていたことを知り、気恥ずかしげに笑ったとかなんとか。



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