弓面子前だとゆるゆるな秋声の話







夏を終えて急激に冷えたもののまだ昼日中や時折夜も暖かく、寝具の調整が悩ましい時期となった。

「お、丁度アレが見られる時期だな」
「そうだなぁ」

図書館が発足してそろそろ4年か。
流石にその年月を経れば風物詩となってしまったそれを楽しげに挙げる独歩に花袋は苦笑する。そのまま愉快犯の名に恥じぬ早さで飲み会の約束を取り付けた独歩は早速両脇に酒瓶を抱えて秋声の部屋へと入り浸った。
顔は毎日合わせているが久々の飲み会というのは心と口を軽くし、賑やかで楽しい一時を過ごした。
秋声の部屋に布団は2組ある。
つまり、そのまま朝まで過ごすのが恒例になるという訳だ。言わずといれていることなので枕と毛布はそれぞれが持参した。
秋の夜の虫の声を聞きながら寝落ちたその翌朝。

「おっこれこれ」

起き出した独歩は楽しげに笑う。
彼の視線の先のまんまるだんご。
自分の掛け布団と毛布の他に隣だった花袋の毛布まで巻き込んだだんごを成形する秋声──そう、それが独歩の言う風物詩であった。
この秋声の布団だんごは夏用布団の脱却時期を見誤った僅かな期間だけ見られる珍しいものだ。自分の体に布団を巻き付け、手足をぎゅっと丸めて寝るから寝苦しそうだと花袋は思うが、本人はあまり気にしていないらしくケロリとしている。
ちなみに花袋は隣の藤村のところに逃げ込んだので大丈夫である。体温の低い藤村は体温の高い花袋で暖を取る為、win-winだ。独歩はひとりで優雅に寝た。羨ましい。
そんな独歩は秋声の丸だんごに近付き、ぽすぽすと叩いていた。うむむむと呻き声が聞こえる。

「こぉら、独歩。まだ寝てるんだから起こしてやるなよ」
「はは、面白くてつい、な」

低血圧で目を開けたままずっとぼんやりし続けている藤村の世話を焼きながら花袋がそうたしなめれば、独歩はへらりと笑って頬を掻く。
朝の冷たく冴えた空気の中でスイッチひとつで沸くポットの水汲みジャンケンに買ったのは花袋であった。渋々と独歩が肌寒い廊下へと消えていく。
お湯は直ぐ様に沸き、急須に注ぐその湯気だけでほわっと室内は暖かくなったように感じた。勿論急須も茶葉も秋声の部屋のものである。

「やっぱり寒くなったな」
「そうだなぁ、そろそろ冬支度しないとなぁ」

暖かな湯のみを手で包む。自覚以上に体は冷えていたようだ。
ぬくぬくと茶をすする独歩と花袋の横で、頭だけを出して毛布でぐるぐる巻きにされた藤村は未だにぼんやりとしていた。
藤村は低血圧故に寝起きが悪いが、睡眠は少なくてもいいという珍しいタイプだ。しかし夢とうつつの間をさ迷っている時間を含めれば一般的な睡眠時間と言えるかも知れない。その内目を覚ますことだろう。

「ぬ、む゙、うんん」
「お、起きるかな?」

布団だんごから呻き声が断続的に響いてきて、わくわくと独歩は振り向いた。見ていればもぞもぞとだんごは揺れている。
ひょこり、黒い頭が飛び出してきた。
布団に揉まれてぐっちゃぐちゃに乱れている。秋声もそう寝起きが悪いわけではないが、このうまく温度調整が出来ない朝──夏から秋、冬から春によく見られる──はどうにも寝惚けがひどい。
甲羅から頭を出した亀のような秋声を見守っていれば、不意に、彼は体を起こす。起こして、寒かったのか背からずり落ちた毛布をまた肩まで引き上げた。
ぼやぼやと小さな瞬きをしたかと思えば、すぅ…と静かにまぶたは閉ざされてしまった。

「しゅーうーせいっ!」

笑いを堪えながら独歩が声を掛けた。そう大きな声ではなかったが、静かな空間だったので十分に通ったらしく、びくっと肩を震わせて秋声は独歩の方を向く。

「……?」
「おはよう、秋声」
「……ん、」

半分も開いていない目。寝癖で普段は見えない額があらわになっていた。
次いで花袋が声を掛けると、秋声は小さく頷いた。

「こっちこいよ。さっきあったかいお茶を淹れたとこなんだ」
「おちゃ…」
「あったかいぞー早く来ないと秋声の分まで飲みきっちまうかも」
「独歩〜」
「のむ…」

煽る独歩を小突けば彼は快活に笑う。
背に布団を背負ったまま秋声が膝擦りでにじり寄ってきた。腰を落ち着ければうまいこと布団を体に巻き付けて、もこもことあたたかそうである。着膨れた秋声が布団からよれよれと出した手に、先程淹れておいた湯呑みを渡す。
少し冷めて適温になったそれを手に包み、ふう、と息を吹き掛ける。ふわっと湯気が広がった。

「あったかい…」

ずず、とすすった秋声が笑う。気の抜けた笑みだ。未だに前髪は寝癖で跳ねている。
温かくて美味しい。呟くと、ようやく目を覚ましたのだろう秋声が顔を上げた。灰色の目はぱっちりと開き、独歩と花袋を見る。

「おはよ、ふたりとも」
「ん」
「はよ」

ほやほやと笑った秋声にふたりも穏やかな笑顔を返すのであった。










20201003

仲間内だけの気抜け秋声なのでこんな秋声は師匠や織田たちは見ることはない。
もしも師匠らや織田やらと一緒に同じ条件で寝るとなっても世話を焼くついでに秋声の分の準備も万端になるので発生しないイベント。
この後はご飯食べて雑魚寝用の布団を干したり交換したりする。掛け布団とか座布団とか秋声の分までやるので遠慮する秋声を甘やかしたいんですよぉ〜〜〜



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