【後日談】





その日、仲良くなりついでに多喜二の部屋でお泊まりまで果たした秋声は、翌日もまた多喜二と仲良く食堂へと向かった。
そしてそこに待ち構えていたものは。

「ごめんね秋声…」
「悪いな、秋声!」
「……ほんと、今回は悪かったと思ってる」

顔色を伺いつつも、あえてだろうが軽い調子の藤村と独歩。そして、後悔を滲ませた花袋の項垂れたつむじ。
確かに彼らとはああしていじられたりはよくしているし、なんだかんだと許してきてはいた。が、昨日のは度が過ぎたと互いに思ったことだった。
秋声は特に被害者の立場にある。今はまだ顔を合わせたくないな、と思ったが謝ってきてはいるしなと逡巡し唇を開いて──そこに多喜二が割って入った。

「だめです」
「へ?」

小さな秋声はその背に隠せば、末広がりの袴がはみ出るぐらいですっぽりと見えなくなる。ぽかんとする弓四人に多喜二はまた「だめです」と言った。

「…だ、だめってなんだよ。小林が口挟むことじゃないだろ」
「いえ。だめです。秋声さん、まだ怒ってるって、悲しいって昨日言ってました。だから、だめです」
「た、多喜二くん?!」
「昨日、秋声さん泣くまで手、出せなかったから。だから、これからは、ちゃんと俺が秋声さんを守ります。だからだめです!」

驚いた独歩の言葉にフシャーと威嚇をしてくる多喜二はまるで子猫を守る親猫のようだった。実際には秋声の方がずっとずっとおじいちゃんであるのだが。
しかしてこのやり取りの間に、酷いショックを受けた者がいた──そう、独歩と藤村である。
彼らは秋声と友人だ。特に藤村は生前からの友人だ。それでも彼らは秋声のことは名前で呼べども、返ってくるのは「島崎」「国木田」の名字呼び。秋声が名前で呼ぶのは花袋や露伴、同門の鏡花や師である紅葉ばかりで関係を思えばさもありなん。
それが──昨日までは「小林くん」「徳田さん」と他人行儀だった彼らが蓋を開ければ「多喜二くん」「秋声さん」の名前呼びである。
なにそれ羨ましい!

「しゅ、秋声、いつの間に彼と名前で呼び合うことになったの…?」
「ん?ああ、昨日、友達になったからね。友達らしく、名前で呼ぼうって話し合ったんだ。ね、多喜二くん」
「はい。友達だから。だから守ります!」
「…って、守るのはいいよ。そこまで弱くないから大丈夫。ありがとうね」

昨日泣かされていたのはだ〜れだ。
ふにゃふにゃ笑い合うふたりはまるで付き合いたてのカップルのような桃色の雰囲気に包まれていた。そしてその言い分に更にショックが隠せない独歩と藤村。
友達が名前で呼び合うものならば──自分たちは一体なんなのか。
ずっとずっとつるんできて、仲良くなったと思えた。それでも距離は縮まらず。
勿論彼らがそれを口に出していたならばすかさず花袋が「お前ら普段の態度思い出して胸に手を当ててみ?」と言ってくれただろう。
昨日泣かせていたのはだ〜れだ。
無自覚に彼らを傷付けたとは知らないふたりはぽやぽやとまだ笑い合っていた。

「おいおい、朝から騒がしいな」
「志賀さん」
「直哉さん」
「おはよう、多喜二、秋声。昨日はゆっくりできたか?」
「はい。ありがとうございます。昨日はご迷惑をおかけして、」
「ああ、いいさ。困った時はお互い様だ。これからも多喜二と仲良くしてやってくれよ。あとほら、頼まれていた弁当」
「……弁当?」

頭を下げる秋声の肩を叩いて顔を上げさせると、志賀は持っていた重箱を秋声に押し付ける。でかい。重い。
風呂敷包みのそれは多分5段はあるだろう。藤村の不思議そうな声に答えたのは秋声──でもなく多喜二でもなく、この場の誰でもなかった。

「秋声!」

遅れて食堂に入ってきたのは鏡花と紅葉。彼らは秋声を見て駆けてこようとしたが、それよりも早く露伴が彼らの首根っこを掴み、また、再び多喜二が秋声を背に隠す。
その時の秋声の顔がとても強張っていて──昨日の出来事を秋声が本当に嫌がっていたのだとここで分かった。
先程の藤村たちと同じく鏡花たちも多喜二の態度を非難するが、遠巻きに見ていた独歩と藤村がしゅんと肩を落としたところを見て花袋はぱちくりと目を瞬いた。

「ああほら、秋声。こいつらは俺が面倒見るから。さっさと逃げちまえ」

露伴の促しに従って、秋声は独歩たちにとは違い一言も鏡花たちへと声は出さないまま、多喜二に背を押されてひらりと去っていく。窓から。
それをただ無言で独歩と藤村は見送った。悔しそうに眉をひそめて。拳を握って。
でもなにも言えない。
そんな風にさせたのは自分たちなのだから。
それでも、言葉を交わそうとしてくれたこと。
最後にちらと視線を向けてくれたこと。

「…お前らな、あんまり調子に乗ってると秋声に嫌われるからな?これ以上嫌われたくなかったらもっと自重しろ、自重」
「これ以上とか言うなよぉ…」

しょんぼりと独歩が言った。藤村の双葉も今は萎れて元気がなくなっている。

「それじゃあここで、秋声からの伝言を伝えとくな?」
「えっ」

にっこり笑った花袋にズンドコと視線が突き刺さる。

「ちゃんと謝ってくれたら許す。でも、ふざけるようだったら絶交する。3日は無視するから──だってさ。だから言ったろ?きちんと謝れって」
「そ、んな、の………」
「花袋のばかぁ〜〜〜〜〜!」

絶句する藤村と額を打って嘆く独歩。
それを知っていたら土下座だってしたのに。

「っていうか3日ってなんなんだよぉ…こどもかよ秋声ぇ〜」

そう、こどもの絶交レベルである。
それでも十分効果が出ているので問題はないだろう。

「……花袋は秋声と話したの?」
「そりゃな。昨日の内に露伴先生と謝りに行ったさ。一応許してくれたけど、落ち着くまで時間が欲しいって。だから、俺はお前らの、露伴先生はあっちの手綱を引く。だから、せめてこの3日は大人しくしていてくれよ?」
「うん……」

意気消沈した藤村に事情を話せば彼は益々沈んでいく。
ちなみにきちんと謝った場合は秋声からきちんと説明がされただけで距離を置かれることには代わりがないのだ。

「ちなみになぁ、あっちにはな、絶対許さない、1週間は話さない。いっそ露伴先生の子になるんだ!──って息巻いてたからな。よかったな、お前らちゃんと愛されてるぞ?」

そう言ってわしゃわしゃとふたりの頭を花袋は掻き乱す。

「今度こそ愛想尽かされないようにな!」
「縁起の悪いこと言うなよ〜!」
「花袋のばか…」
「そんな俺が好きだろーが!」

そう切り返してふたりの肩をがばっと抱き、ぽんぽんと背中を叩いて見せる。

「…秋声がなぁ、あいつ、ばかだから。3日ぽっちの絶交でお前らに嫌われたらどうしようっつってたからな。ほんと、死ぬ気で謝れってんだばか共」
「秋声…」
「それに、もしもお前らが落ち込むことがあったら慰めてやってくれって。俺もそこまでヘコんだお前らにびっくりしすぎて、秋声との約束以上に普通に心配だよ」

そう言ってふたりににっと笑いかけて離れ、「さっさと飯食っちまおうぜ」と列へと背中を押す。

「食ったら秋声への賄賂でも見繕いに行こうぜ。で、絶交終わったらみんなでまた飯食うぞ!お前らの奢りでな!」
「「花袋…!」」

お前って本当にいいやつだよな!と4本の腕に抱き付かれた花袋がたたらを踏む。
その背後で借金苦が「奢り!?」と反応したりしていたが、そんな日常のヒトコマであった。




171015



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -