・秋声が酒飲んでゆるゆるするだけ
・図書館の厨房が分からないので昔バイトしていたところの調理場を参考








秋声はあまり酒が強くない。
それもあり酒席では控えて介抱に回ることも多く、また、それでも匂いか空気に酔っているのかいつもより何割増しかふわふわとなっている。
彼は飲み始めの状態はいつもの不機嫌顔を更に険しくする。耐えるかのような眉間のシワが場と酒でゆるゆると緩み、穏やかに微笑む様子は地味な秋声を応援する会、別名秋声ファンクラブの皆さんの楽しみのひとつになっている。いつもより数段ゆるくていつもよりちょっと高い間延びした声で、けらけらと笑ってわしわしと頭を撫でてきたり抱き着いたりとスキンシップが過多となる為、その僥倖に預かった幸運の持ち主は同時に褐色と色白、二対のメカクレ秋声過激派男の極寒の視線に晒されることとなる。可哀想。


23時を過ぎて食堂の利用者はいない。
以前は常時解放していたが、朝方まで飲んで騒ぐ者がいて騒音被害や食事作りに支障を来した為、夜間の飲み会は禁止されている。
とは言っても、施錠されている訳ではないので食事を逃した者や創作にエネルギーを使いすぎた者などの夜食作りに制限はない。集会が禁止なだけだ。

だから、その日秋声が使用することはなんら問題はなく。
それでもなんとはなしに抜き足差し足と忍ばせて食堂を覗く。幸い誰もおらず、秋声はほっと胸を撫で下ろした。
酒が強くはない秋声だが、それでもたまに飲みたいと思うことはある。そろそろ、梅酒もいい具合に熟成していることだし、と見下ろす瓶が揺れてたぷんと重い音がする。一番小さな瓶であるが、酒に弱い秋声に飲みきれるものではない。味見をして大丈夫そうであれば今度の飲み会に提供しようか、などと考える。
消灯された食堂はそれでも安全の為に小さな灯りがところどころに点いている。普段賑やかだからこそ少し物寂しい。
食堂から続く扉を開けて厨房へと移った。大きな冷蔵庫にオーブン、三つ口のコンロ。規模の割に正直小さいが、基本的にメニューの決まっているこの図書館食堂であれば事足りるらしい。
とはいっても、秋声が用があるのは包丁と流しくらいだ。
冷蔵庫からきゅうりを取り出して薄く刻むと塩を振り、その間に皿に持参の鯖缶を開ける。そして揉んで水を切ったきゅうりをぶっかけておしまいだ。
折角なので棚から刻み海苔と胡麻を拝借してふり掛ける。

完成。

もう優勝でいい。残念ながら庶民派の秋声はいろんなおつまみが必要なタチではない。味変ならば梅干しがあれば済むタチだ。が、今回は梅酒で梅かぶりになってしまうので登場はない。
あ、と思ってコンロで湯を沸かす。何度も言うが秋声は酒に弱いのでそうそう原液など飲んでいられないのだ。

重いような、軽いような。
そんな瓶を傾けて、琥珀の液体をグラスに移す。とく、とく。ふわと甘い匂いが広がった。赤みの強い琥珀色はなかなか良い案配だ。
ぺろりと舌で舐めるとちりちりと刺す。甘くて、少し酸味があるか。アルコール特有の熱がカッと喉を焼く。味に問題はない──と思うが、酒に強くない秋声に熟成の案配など正直わからない。まぁいっかな。そう考えて、湯の沸いた鍋を下ろしてグラスに注ぐ。酒と湯は半々くらいだ。琥珀が薄まり、ぐる、とアルコールだか糖分だかの澱みが渦を巻く。

「いただきます」

椅子のない調理場で食べる為、調理台を背にしてしゃがみこむ。膝につまみの皿を乗せて酒は腹に。
そんな無作法をするならすぐそこの食堂に移動すれば良いだけなのだが、たかだか簡単なつまみだけだし片付けが面倒で。人に見られたら堪らない。そんな意識が働いた──なんて言っても、これが秋声の一人飲みの通常状態なのだけれど。

鯖缶きゅうりはさっぱりとして美味しい。醤油をひとたらししてもよかったかも知れないが、揉んだきゅうりの塩気があるから足りない訳でもない。鯖の旨味とぱりぱりしゃくしゃくのきゅうり。海苔と胡麻の香ばしさ。それが梅酒の甘味を流してくれる。
箸はグラスと共に持つ。温かな梅酒の温度とアルコールでポッと頬が熱くなった。もう一口と鯖を摘まんで梅酒を飲むとほうと溜め息が出た。
ずるずると背は丸まり、控えめにしていた床との接地面が大きくなる。
後は無言で酒とつまみを繰り返すのみ。手足の指先が熱くなり、まぶたが重くなって頭がふわふわとしてきた。

「ああ…だから嫌なんだ…」

酒が弱くて。すぐにふらつく。
嫌だといいつつもその手が酒を運ぶことをやめはしない。
しまいにはべたりと伸ばした脚に皿と酒を置いてぽかと上を向く。ごつ、と調理台の背に頭がぶつかって、後頭部で支える頭はふらふらと覚束ない。
眠い。ひたすら眠い。
だから嫌だと。ふわふわとする頭で思う。だってまだ一杯目なのに。もっと楽しめたらいいのに。
饒舌にもならずただ眠くなるだけの酒だなんて一体なんの意味があるのだろうか。いや、ない。反語。
鯖はまだ半分残っている。酒は飲みきっているが口に残る甘さに既に残りの鯖は白飯で食べたくなった。
ずるずると滑ってとうとう頭までもを床になつかせる。床が汚いとか思えども、火照る体には冷たさが丁度良かった。皿は腹へと移動させた。
ライトの光でちかちかする目を閉じればこつこつと足音がした。

がちゃ、と扉が開く。誰か来たのかな、なんて思えば「誰かいるのか?」と逆に誰何の声がした。
秋声は横たわったまま厨房入り口の扉へと顎を向ける。

「電気付けっぱなしは誰だ〜って─────うえあっ!?」

一応見回ろうとしてくれたのだろう声の主がひょこりと顔を出し、一瞬素通りした秋声の顔を二度見してびくりと肩を跳ねさせた。

「……は?秋声なにやってんだ?」
「寝てるね」
「そうだな。でもそう言うこと聞いてるんじゃないんだわ」

首を振って独歩は言った。
長い足は簡単に距離を詰め、秋声の頭上でしゃがみこむ。照明を背負う彼の顔は翳っているが、しかし呆れたような心配そうな顔は秋声にも見て取れた。

「床、汚いぞ」
「なんか面倒で」
「ふうん。…あ、酒飲んだのか」
「そう。梅酒漬けたの」
「呼べばいいのに」
「味見だけだから」

へらと笑う秋声は確かに酔っている。ゆるゆるだ。
一人飲みをずるいだとか寂しいだろうから呼べとか、そんなつもりの発言ではない。すぐにべろべろになる秋声を心配しての呼べだったが、まぁ、楽しそうなのでヨシとする。

「おら、そんな所で寝っ転がってるのが泉にバレたら大変だぞ」
「うへぇ。嫌なことを言わないでおくれよ」
「はいはい」

嫌な顔をする秋声の腹からひょいとグラスと鯖が残る皿を取り上げる。眠くて杜撰になっている秋声の着物には染みが出来ていた。
そのグラスに、秋声を跨いで、調理台の上にどんと置かれた小瓶から梅酒を注ぐ。ぐるぐる、澱みが渦を巻く。

「──ん。美味いな」

香りは豊かで、甘い梅の味が広がる。薄めもせず飲んだ独歩に「なら良かった」と床で秋声は笑った。

「秋声、どんだけ飲んだんだ?」
「1杯」
「………」

はっきりと返されたそれに独歩は憐憫の眼差しを送った。
手作りの梅酒は結構度数の高い酒を使わなければならない。甘く飲みやすい為加減がわからなくなってしまうこともあるが、存外に酔いやすい。

「何で漬けているんだ?」
「ブランデー」
「そうか。また、弓で飲み会でもするのか?」
「うん。どう?美味しい?」

ブランデーは癖もあるし。そう内心でフォローを入れつつ鯖をつまみに飲みながら独歩は頷いた。

「おう。花袋辺りが好きそうな味」

ちなみに藤村は実のところめちゃくちゃ強いが酔った振りをして取材をしにいく困ったちゃんである。好みは度数強めの辛口。
会話をしながら皿を洗い、水切り籠に入れる。面倒なので拭いたりはしない。

「ほら、秋声。戻ろうぜ」

水気を拭うと独歩は秋声に両手を差し出した。
半分寝掛けていた秋声は声によろよろと腕を上げる。それを掴んで、独歩は勢い良く秋声を引き上げる。

「わっ!」

たたらを踏んだ秋声の肩を抱き、あまり意味はないだろうが頭や背を叩く。
そして片手だけはしっかりと秋声の手を握った。

「飲み会、楽しみだな」
「うん……」

最早意識が眠気で飛び掛けている秋声の手を引いて歩き出した。反対の手には梅酒を下げる。
電気を消して扉を閉めた。
他愛ない会話をしながら部屋まで送り、布団を敷いて寝かせてやる。流石に着替えなどはさせたりしないが。

「おやすみ、秋声」

そう頭を一撫でして扉を閉める。
そして──独歩は諦めて笑った。
分かっていたことだ。
秋声と手を繋いで歩く道すがら、背に横顔にとあまりに突き刺さっていた視線。

秋声のモンペと呼ばれる人たちがそこに立っていた。











20200826

モンペはご想像にお任せ。



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