【当初の予定が全削除になった部分の救済】






「猫耳あるよ」──そう言った南吉の言葉に場が一瞬、静まった。
その一瞬が命取りだったのだ、と秋声は後に悔やむことになる。

「………ッ!」

脱兎と逃げ出した秋声を追う腕。
コンパスの違いか履き物の違いか──椅子を二三と蹴り飛ばし、いくつかテーブルを走り抜けた先。しかし秋声の頑張り虚しく手首を取られて肩に痛みが走った。

「ぐぅ…っ」

無理矢理に引き戻されて多喜二と向き合った秋声は、多喜二に腰を掴まれて彼と腹を合わせることになる。距離を取ろうと多喜二の肩を掴まれていない反対の手で押し返してみるもびくともしない。

「もぉ、ほんとなんなんだよぉ…!僕みたいな地味がやっても楽しくもないだろ!勘弁してくれよ!」
「…俺だって似合わないのにされたんです!徳田さんもやってください!」
「小林くんは似合ってたから大丈夫だよ…!」

言いながら、一歩にじりと退いた秋声に多喜二は迫る。逃げようと回り込もうとする秋声と追う多喜二。くるり、くるりと回るそれに翻る秋声の袴と腰布がついていく。
手を取り腰を取り、肩に添えられた腕にと、まるでダンスを踊っているような体勢なのに──その鬼気迫る表情が、すべてを裏切っていた。

「小林がんばれー!」
「君たちね、後で覚えておいでよ!?」

先回りをして邪魔になりそうな椅子などを避けて多喜二をアシストする独歩と藤村に秋声はぎゃんと吠えた。
──彼に味方はいないのか。
そんなことを思ったからか、独歩と藤村が秋声の逃げ場へとテーブルを押して逃げ場すら塞いでいく。
──彼に、味方はいないのだ。
追い詰められた秋声の腰から手を離し、多喜二は秋声の肘辺りを掴んでぶらんと彼を持ち上げた。
身長が多喜二の頭ひとつ分小さな秋声だ、爪先が辛うじてつく程度の高さに上げられてふらふらと危ない足取りでは抵抗もままならない。

「ううう〜」

ぺそっと多喜二の胸に凭れる形となった秋声が唸る。
その背後に忍び寄る桃色の髪の悪魔がかぽっと猫耳カチューシャを被せた。

「わーwwwかーわいいぜーしゅーうせーwww」
「声が笑ってるんだよ!国木田!」
「秋声、こっち向いて…」
「どうせカメラ構えてるんだろ島崎!誰が向くか!」

笑う国木田に突っ込んで、島崎に写真を撮らせるものかとぷいと反対に顔を背けたところでパシャリと音がした。

「とても…お似合いです…」
「…なんで川端さんが…」

そのまま多喜二の胸に顔を押し付けておけばよかったのだろうか。向いた先に、まさか川端がカメラを構えているとは思うまい。

「「イエーイ」」

パチンとハイタッチをする藤村と独歩に、そこまでが策だと悟って秋声は悔しくて歯噛みした。

「川端さんのばかぁ…なんであいつらの味方するんだよぉ…僕を助けてくれよぉ…!」
「すみません…私も…徳田先生の可愛いお姿がみたかったもので……」
「かっ…」

普段なら自分を助けてくれる、自分を慕ってくれるこの男がまさか独歩たちにつくなんて、と飼い犬に手を噛まれた気持ちでふにゃふにゃと秋声が責めると、困ったように少しだけ眉を下げた、しかしそんな変化も些細過ぎてただの無表情にしか思えない川端の言葉に秋声は絶句した。

「可愛いってなんなんだよぉ…。川端さんの冗談は冗談に聞こえないんだ、笑うなら笑ってくれよお…」
「冗談ではないのですが」
「あ、すごい。僕、彼があんな即答するの初めて見たよ…!」

しかし冗談だと受け取った秋声の泣き言に川端は秒も要らずに返して見せる。この、イグアナのような静かな男の即答は本当に珍しい。
それらも秋声に関わると発せられることが多く、藤村たちはそれが楽しみであった。
好意の色が不透明だが、純然なる好きという感情をひたすら秋声に向ける無表情な男と、ひねくれて素直でなく、鈍くて疎い友人の彼らだけが通じていない感じは端から見ていてとても楽しいのだ。



(終わり)
(この後、猫耳外そうと多喜二の胸に頭ぐりぐり押し付ける秋声さんと殺意溢れる目で凝視する川端さんにヒエッてなる多喜二のとこ以降が考え付かなかったが、最初はこのダンスシーンとそこを書く為に作り始めた。尾崎先生と鏡花の暴走でお陰様で全部消えた。どうしてこうなった)




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