二、無頼派と自然弓





「秋声、君、なんかおかしいよ」

ぽそ、と言ったのは藤村だった。
言われた本人はそうかなと首を傾げている。今は空き部屋一室を貸し切った自然弓飲み会で、久々の酒を楽しんでいたところなのだが秋声としては自覚はない。

「ああ、顔が赤いなぁ」
「そうだな、このペースで今からそれじゃあちょっとなぁ」

今週は忙しかったもんな、と秋声の頬に触れながら言ったのは独歩だ。秋声はされるがままにしながら、独歩の手が冷たくて気持ちいいとすりついてくる。
──成程、これはおかしい。
へらへらと笑う秋声にそう確信した残りの三人は早々に解散を決めた。

「ええ、まだいいじゃないか」
「いーや、お前が思ってる以上に時間が経っちまってるぞ、秋声。そろそろ泉が“いつまで騒いでいるのです!”って怒鳴りにくるぞ〜」
「それはやだ…」
「うんうん。じゃあ一緒に帰ろうな」
「うん」

渋る秋声に泉を引き合いに出せば、彼は素直に頷いた。泉に少し申し訳なくなる花袋であった。
そしてまた時間も9時過ぎなのでそれほど経っていないのだが、それが分からないのであるから秋声の調子はやっぱり狂っているのだろう。

花袋と藤村と手を繋ぎ、ご機嫌に秋声は廊下を歩く。ただし歩みはおぼつかずゆっくりで、早めの解散をして良かったなぁと思う三人であった。
ふと談話室の前に差し掛かった時のことだ。なにかに気付いたように秋声は足を止めた。

「秋声?どうし──あっ」

立ち止まった秋声に花袋は首を傾げるが、次いで手を解いて談話室に向かおうとする秋声に声を上げた。
彼はふらつきながらも足早に歩く為、転ばないか心配でヒヤヒヤする。いや、ふらつき転ばない為の早足なのかも知れない。
秋声の向かう先にあるもの、それは。

「おっわ、なんや一体!?って、秋声サンやないですか」

二人がけのソファをテーブルで挟んで会話をしている無頼派──太宰と隣り合って座るオダサクに秋声は飛び込んだのだった。
オダサクは秋声の勢いに負けて太宰を下敷きにして倒れており、その上に、肘置きに腹を乗せる形になりながら秋声がオダサクを押し潰しているのだ。

「オダサクくんだぁ〜」
「ええ、ええ。そうですよ〜オダサクくんですよぉ。なんやセンセ、えらいご機嫌ですね?お酒飲んではります?」
「ちょ、俺潰したまま和まないで!?」

にこにこと笑う最古参に太宰は悲鳴を上げた。押し潰してくるオダサクの肘が絶妙に太宰の太股を抉ってくるのだ。すまんすまん、と笑いながらオダサクは太宰の太股から肘をどかして、そのままその太股に頭を乗せた。
所謂膝枕である。

「ナンデェ!?」
「あーこらこら秋声、なにやってんだ。オダサクも太宰も悪いなぁ」
「ええですよ〜」
「俺を仲間外れにするなよぉ…」

無視された形の太宰がしくしくと顔を覆う。悠々と座っていた筈のソファもいまや三分の一の取り分もなく追いやられている。可哀想。
太宰に「悪いな」と声は掛けるもののまた放置の形で、花袋は秋声の腕を取った。

「ほら秋声、部屋に帰るぞ。あったかいふとんが待ってるぞ」
「この時期のふとんて、めっちゃ冷えてますやん」
「うーん、その正論は今はいいかな」

オダサクの胸に張り付いていやいやと首を振る秋声に困って掛けた甘言に入るオダサクの突っ込みに花袋は苦笑する。

「いやだぁ、ここで寝る…」

しかし次いだ秋声の駄々に花袋は目を丸くした。
普段酔っ払ってもこんなにだだ甘くなることはないのに、どうしたことだ。

「えっなんですかぁ秋声サン、ここで寝はるん?」
「寝はるー」
「ケッケッ、そーなん寝はるんですかぁ。じゃあ、寝はってもええですよぉ」

秋声の固めの黒髪をわしわしと撫でてやれば、彼はとろりとした顔で笑った。背が低くて若く見られがちの秋声の、眉間にしわのない顔は酷く幼く感じる。

「……こんな秋声、初めて見た」

ぽかんとそう言ったのは藤村だった。
なんだかんだと酒を自制出来る秋声は大宴会などではどちらかというと介抱に回るし、今回のような気心知れた者との会でもほろ酔い程度にしかならない。気心知れすぎているからか飲みすぎたとしても兄弟子や師への愚痴に終始してしまうので共に無理はしない・させないで過ごしているのだ。
だからこうして、でろんでろんに織田に甘えている姿に驚愕しているという訳だ。

「飲み会やったんやろ?秋声サン、ウォッカベースのお酒とワイン、飲んでらしたんちゃいます?」
「ん?そうだな……ああ、確かに飲んでいた筈だ」
「ケッケッ。飲み合わせが悪いのか、秋声サンそのチャンポンはあきませんのですわ。どっちにしろあんまよう飲まれんようですし」
「へえ」

織田が言ったことに藤村がへえと返す。前世では今程に酒の種類が豊富でなかった為に知らなかった。なかなかよいことを聞いた、今後の参考にしよう。
そしてソファの背もたれに顎を乗せた花袋は、気持ち良さそうに寝ている秋声の頬をつつきながら憮然として言う。

「……それを知ってるのがオダサクってのがなーぁー」
「ああんなんだうちのオダサクに喧嘩売ってんのかオオイ」
「そうだぞうちのオダサクに文句あんのかオラァ」
「モンペは巣にお帰りくださーい」

前から安吾、横から太宰が剣呑な眼差しと声を掛けてくるが、花袋はそれでも構わず秋声をつつく。呑気な顔しやがって。

「すまんなオダサクモンペブラザーズ。うちの秋声モンペ代表はどうやらオタクの末っ子とウチの末雄が思った以上に仲良くしてるのに嫉妬してるんだ。俺が親友なのにーって」
「ちがうしー!?そんなことないしー!!!???」

わしわしと花袋の頭を撫でながらそう独歩は言った。ちなみにそんな独歩は花袋モンペ代表である。
そして花袋は照れ隠しに独歩へと猫パンチを放ったが、ひらりとかわされ苛立ちに総毛立つ。

「は?」

安吾は不可解なことを聞いた、とでも言うように低い声を上げると徐に立ち上がった。彼は転生文豪の中でも背が高い方だ。それなりに背はある花袋たちだが、ガタイが自分よりもよく無表情の男がずんずんと寄ってくるのにヒエッと怯えた。その長い足の速度に負けず出来たことは、花袋の背に独歩と藤村が逃げ込んだことくらいだ。

「な、なんだよ…」

その姿はまるでチワワだ。安吾が存外気さくな人柄だとは知っているがあまり交流を持ったことはなく、もしやなにか気に障るようなことをしたかとふたりを庇いながら思う。引けた腰は普段の身長差を少しばかり広くしていた。
そんな花袋の反応を気にせず、安吾はまじまじと見下ろして、がしりと花袋の右手を両手で掴んだ。

「分かる」
「は?」

端的な言葉は意味が分からず花袋は間抜けな声を上げた。

「オタクのスエオサン、ウチの末っ子と仲が良すぎてぇ、前世の付き合いあれど現世では新参者の俺様ほんと中に入れないんですけどォ!?ずるくない?ことあるごとに秋声サン秋声サンって……オダサクはうちの可愛い弟な訳ですよ。お兄ちゃんも構って欲しい訳ですよ!」
「ケッケッケ、安吾ぉ、ワシは秋声サンとちごて別に意識飛ばしてる訳やあらへんからな?」
「知ってらぁ!だから言ってんだよ!」
「確信犯かよ」

笑い混じりの織田の注釈にがうと安吾は吠えた。太宰の呆れた突っ込みに「確信犯だよそれがなにか?」と胸を張る。

「わ………」

そんな安吾を見上げてチワワ──花袋は震えた。

「っ分かる!めっちゃ分かる!いや俺は兄貴とかじゃないけど?でもさ、前世で合同お誕生日会もした仲よ?なんに助手の仕事が忙しいから無理〜とかそれはオダサクくんが知ってるよ〜とか。違うの!秋声に!構って欲しいの!もう!アンポンタン!でも好き!!!」

空いていた手でも安吾の手を握り返す。互いの両手を掴みながらぶんぶんと上下に腕を振り、そしてこくこく頷いて必死に同意を示していく。

「あっはっは、拗らせてんなぁ」

そんなふたりを見て独歩は苦笑する。

「ん、で。次男はそこんとこどうなの?」
「ええっ……俺は、別に?オダサクも徳田先生も良くしてくれるから…」
「そうか〜良かったなぁ。これからもウチの秋声と仲良くしてやってくれよなぁ」

にこにこと微笑みを浮かべる独歩に、あ、これ正月に行く親戚の家だなと思う。おひねりならぬお年玉が懐に捩じ込まれそうな気配である。

「っつうか、秋声サンがガチ寝してもうてんけど」

長男が意気投合し次男が可愛がれている間、どうやら酔っ払いが爆睡し始めたようだ。織田の胸でぷすぷすと寝息がする。しかし気持ちよさそうではあるがソファにとんでもない格好で寝ている秋声は寝苦しくないのだろうか…。

「ああ、こりゃガチ寝だ。織田、悪いなぁ。重いだろ。今引き上げるから」
「ええですよって。ほんならよろしく頼んま──アイタタタ!?」
「ん?どうした?ってああ、秋声!こら、その手を離しなさい!」
「むにゃむにゃ」
「アカン!爆睡や…!」

織田のみつあみをがっつり握り込んでいたらしい秋声を勢いつけて抱き起こしたら、そのみつあみに引っ張られて織田も飛び起きた。本当にすまない。

「あーこりゃガッチリ握ってるなぁ…」

みつあみを返そうと独歩が秋声の手を開く奮闘するも結果は芳しくなく。

「……仕方あらせんね、今日は大人しく秋声サンの抱き枕でもしましょかね」
「っえ!オダサク帰っちゃうの!?」

よっこいせと立ち上がった織田の腰に咄嗟に太宰は取り縋った。
先に花袋が言っていたように助手業務が忙しい、というのは秋声だけではない。織田もだ。なんだかんだと予定が合わずに今日のようにゆっくりすることは稀なのに、と太宰は言いたいのだ。

「ヤダーヤダよオダサクー!もっとおしゃべりしよーよー!」
「そうだぞーオダサク。ちょい貸してみ?オニーサンがみつあみ救出してやるからよォ」
「あっこら乱暴は許さないからな!」

結論から言えば安吾によっても秋声は手を開くことはなく。

「えっ全然開かねぇぞ……赤ちゃんタオル?」
「ブッフォ」

ふにゃふにゃの赤子が寝る時に掴んだものを驚異的な、いや、脅威的な握力でもって離さないことへの畏れが安吾の口端に乗っており、見当がついてしまった花袋は思わず吹き出した。つられて安吾も笑いだす。

「あ、なんなら無頼の三人も秋声の部屋でこれから酒盛りしないか?」

ヒィヒィと笑いすぎで浮かんだ涙を指で払いながら花袋は言った。

「おいおい、本人寝てるじゃねぇか」
「秋声、一度寝入っちゃうとなかなか起きないタイプだから大丈夫だよ」
「秋声の部屋はよく泊まるからな。こたつはちょっときついが織田と太宰、俺と藤村が一緒に入ればいけるだろ」
「俺たち今日は酒盛りする予定だったんだけど、秋声が早々に潰れちまってちょっと飲み足りなかったんだよな!」

秋声を送り届けて、片付けがてら軽く飲みはしただろうが、なんとなく気が削がれてしまい皆が早々の解散を予見していたのである。しかし、普段絡まない無頼派三人と飲むことなど稀で折角だからと誘った訳だ。
家主が寝ているのにそんな勝手にと戦慄する三羽烏をケタケタと笑い飛ばしながら花袋は自身の懐から鍵を出した。

「秋声の合鍵、俺が預かってるし」
「泊まり込むのはよくあることだし」
「ふとんは2組しかないからちゃんと帰るかじゃんけんだ」
「………いいのかなぁ」
「いいんだよ」

三人がそれぞれ好き勝手を言うので困惑していれば、輝く笑顔で太鼓判を押されてしまった。

「…ウシッ!じゃあお呼ばれするか!」
「安吾!?」

一番に気を取り直したのは安吾であった。驚愕の目を太宰が向けるが、安吾はばちこんとウィンクをして笑って見せる。

「まぁこれも縁ってもんだ。タダ酒だぞ?喜べお前ら!」
「ケッケッ、せやねぇご相伴にあずかりましょか」
「おーおー助かる。つまみだってまだたんまりあるんだ。消費、期待してるぜ?」

安吾、織田、花袋と笑って見せれば観念したのか太宰も笑った。

「じゃあ、折角だから徳田センセーは俺が運んでやりますか」
「えっいいぞ別に」
「やーやー皆小さくて頼りないからな!」
「なんだとお!?」

なんだかんだと一旦ソファに下ろされていた秋声の前にしゃがみながら安吾が一言。確かに独歩や藤村、織田に太宰は細くて人を抱えるのも難儀しそうであるが、存外に人外である転生文豪の身体能力はそれなりなのである。そして、自然弓のお兄ちゃんであると自認する花袋には侮辱にも取れた。
しかし、身長が一番あり、更に日動きやすい格好をしているという点では安吾が最も適しており。
ひょいっと何気ない動作で秋声を担ぐ安吾はとても安定していた。

「ぐぬぬ…」
「はいはいオニーチャン落ち着けって」
「こうして見ると秋声、小さいね」
「「確かに」」

普段あまり身長の変わらない花袋が背負う為にあまり違和感がなかったが、身長が20センチも差があると、どうもこうも見事に秋声の足の位置が高くて笑えてくる。
肩に秋声の腹を乗せて片腕一本で支える安吾の体格の良さは羨ましい。ちょろちょろと安吾の周りを回りだす自然弓ズに安吾は苦笑した。

「ほら、さっさと案内してくれよ。徳田センセーもこのままじゃ苦しいだろうしな」
「あっケツポンやめろよセクハラだぞ安吾!」
「そうやで安吾!ワシらのスウィートハニーにセクハラは許しまへんでぇ!?」
「変態!」
「変態!」
「秋声に触れるならまずは俺を倒せえええ!」
「なにこの五面楚歌」

レベル15の安吾が倍はある花袋に勝てる筈もなく。皆から謂われなく責められて安吾はグラサンの奥でちょっと泣いた。

「ま、茶番は終わりにしよう。藤村、鍵持って3人先に案内してやって。俺は独歩とあっちの片付けしてるから」
「わかった」
「あ、俺なんかやるか?」
「おお太宰ありがとな。じゃあ、酒運ぶの手伝ってくれ。こっちだ」

急に切り替えてきた花袋に安吾はぱちくりと目を瞬いた。彼の采配で鍵を受け取った藤村が、秋声を担ぐ安吾とみつあみを握られたままの織田の背を押して歩き出す。
ふと手持ち無沙汰であった太宰が手伝いを申し入れれば独歩が快活に笑った。二度三度と往復は覚悟していたが、一度でも手伝って貰えたら助かる。

さても翌朝。気持ち良く起きた秋声はいつの間に部屋に帰ってきたのかという疑問を持つより先に、自身に絡み付く織田と太宰、隣の布団に並んだ藤村と独歩。こたつに顔を伏せているあの金髪は花袋だろうが──こたつの手前側に潜り込んだ黒髪の男は誰なんだろうか。

「なんなんだよぉ…」

気持ち良さそうなイビキと寝息、それらを聞きながら秋声はぽつりとそう呟いたのだった。




(元は秋声が織田を布団と勘違いして寝るという話になる筈だった)
(秋声は黒髪の男が安吾だと面子から推測はしているが、何故彼らがここにいるか分からないので断言できない)
(秋声は正直酔ったら絡み上戸もしくは泣き上戸だと思っているのだけど話の都合上笑い上戸甘え上戸かなというご都合主義)
(無意識に一でも二でも秋声の異常に気付くのは藤村だったので藤村はそんな役回り)









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